友達の決断
「頭なんて寒さでとっくに冷えてるさ。父上を助けだすだけだから今回は甲冑も兜もいらない。寒さをしのぐ毛衣と剣さえあれば良い。」
ディートリッヒの懸念は騎士仲間が死ぬかもしれないという懸念だけでは無かった。ディートリッヒの家系ヴルムドルフ・アルトガウ家はヴァルターの祖父の末弟にあたる人物から始まった分家でヴァルターの遠戚にもあたり新年の挨拶にはヴァルターの父ヴォルフラムの収めるヴルムドルフに毎年新年祝いの手紙を送りだす位の仲だった。ここでヴァルターが死んでしまえばヴルムドルフの本家が断絶してしまう可能性があったからだ。
ディートリッヒがもう一度言葉をかけた。
「分家の人間として差し出がましいかもしれないがお前の家の封ぜられた土地と本家の事も考えてくれ。お前が死んだら領地の経営をするんだ?誰がお前の妹の縁談を用意する?」
「一家断絶ならディートリッヒの家に領地の管理を任せる様大公様に遺言を書くさ。その時に妹の縁談もお前に任せる。」
「そういう事を聞きたいんじゃねぇ!ヴァルター・フォン・ヴルムドルフ!」
寝室の中へずかずかと入り込んだディートリッヒの太い両腕がヴァルターの赤いチュニックの襟を勢い良く掴んだ。鼻息を荒くしながらディートリッヒがヴァルターを睨んだ。ディートリッヒより背の低いヴァルターは俯いて彼を見ようとしない。
「ヴァルター、俺の兄貴もお前の叔父も10年前の魔族との戦いで捕まって命を落としたんだ。俺がまだ5歳の頃で死ぬという意味も分からない歳だった。それが分かっている今、本家の嫡子である以上に戦友のお前に死んで欲しくないんだ・・・」
ディートリッヒが友に対して言葉を苦しそうに吐いた。その友ヴァルターは彼の顔を見上げた。その沈んだ目がディートリッヒにこれ以上何も言わせなかった。今度はヴァルターが言葉を言い放つ。
「叔父上・・・カール殿の話は俺も知ってる。父上の弟で父上以上に武勇に長けた騎士だったと聞く。でも父上はその話以上は叔父上の話をしなかったんだ。ずっと疑問に思いながら小姓として宮廷で修行を始めてから騎士の先輩方から叔父上は魔族の軍に捕まって拷問を受けた末、魔族の占領地の境界線で他の捕まった騎士と共にさらし首になったという話しをようやく聞いた。父上はその事を思い出したくなくて・・・」
ディートリッヒの大きい両手が、掴んでいたヴァルターの襟を離した。ヴァルターは3人の前で言葉を続けた。
「今回の戦に出撃する前に父上の甲冑を着せる手伝いを従騎士としてしたんだ。すごく嬉しかったよ。でも父上は俺をみるなり何処か悲しそうな目で俺を見ていたんだ。」
華々しい武勲の話しでもして自分を励ましてくれのかと思いきやヴォルフラムは息子のヴァルターにもの悲しそうに「ここをしっかり守ってくれよ」と肩を軽く叩いてそのまま行ってしまった。それがヴァルターには引っかかっていた。
「俺はただ、父上が惨めに殺されるのが嫌なだけなんだ。頼む。通してくれ。」
ヴァルターの予想に反して目の前の3人からは言葉は発せられなかった。ハインリヒ、ディートリッヒとヘルムートは互いに顔を向けあって頷くと一目散に自分たちの部屋に戻っていった。ガチャガチャという音が各々の部屋から聞こえたかと思うと寒さをしのぐ上着を着てアーミングソードで武装した3人が再びヴァルターの寝室の入口に揃った。
ヴァルターは彼らが何をしようとしているのか瞬時に理解した。
「何を・・・?お前達まで来なくていいんだ!これは俺の問題だ!俺が勝手に行動しているだけなんだ!」
ヴァルターの前の3人で最初に口を開いたのはハインリヒだった。
「じゃあ俺たちのやろうとしている事も俺たちの勝手という事だな。俺たちは俺たちの意思でお前の親父を一緒に助け出そうと決めたんだ。」
「それに」ヘルムートがメガネをくいっと直してハインリヒに続いた。
「ヴァルター、君が単身でヴォルフラム様を助けだそうなんてあまりに無謀です。最小人数での敵地への潜入なら生存率も旗騎士殿の救出の可能性も格段に上がります。合理的でもあるんです。」
最後にディートリッヒが喋る。
「殿軍を務めた旗騎士を敵地にそのまま見捨てるのはやはり騎士道に反すると俺は思ってな。何より分家の俺たちの面倒も見てくれたお館様に報いる恩義が騎士にはあるって事よ。」
3人の目は若さ故の無謀さも秘めた勇気に満ち溢れていた。自身の父を共に助け出すという友人たちの決断を止める権利はヴァルターにはなかった。
「お前たち・・・ありがとう。」
彼らの決断にヴァルターは体を震わせながら感謝の念を伝える事しか出来なかった。
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