大公の帰還 父の危機
城の鐘の合図は大公の帰還を知らせるものだとすぐに分かった。正門が開けられ、甲冑を身に纏った騎士達に守られながら立派な甲冑と金色の冠の装飾を施したバシネットの兜を被ったボイマルケン大公でレギンリンダの父のルートヴィヒが入城した。その後ろから何百もの槍兵や弓兵といった兵士達が各々の部隊長に率いられながら続いていった。正門に駆けつけたヴァルターは兵士達が疲れて目がやつれていたのが分かった。
大公ルートヴィヒが派手な兜を外すと普段の穏やかな優男の彼からは想像も出来ない憔悴した顔が見えた。良くない兆候なのは城の人間には誰にも分かった。
「父上、魔族軍との戦いはどうなったんですか?」
正門にやってきたヘルムートが大公ルートヴィヒを先ほどまで守っていた騎士の一人で彼の父で大公軍の将軍のテオデマーに尋ねた。テオデマー将軍は苦虫を嚙み潰したような顔で言葉を吐いた。
「負けたよ。また村をいくつも取られた。やつらに優秀な指揮官がいたんだ。」
父親のその一言にヘルムートはショックのあまり言葉を失った。
ヴァルターが騎士達と兵士達をみながらふと誰かが欠けている事に気づいた。
「大公殿!父上は・・・ヴルムドルフのヴォルフラムはどうなったのですか!」
ヴァルターがそう問うても大公は渋い顔になって答えようとしない。不敬と分かりながらもその態度がヴァルターをいら立たせた。ガシャガシャと鎧のかさばる音を鳴らしながら馬から降りた騎士たち数名が兜を外した。ヴァルターが見ると彼らはヴォルフラムの部下の騎士達だった。その中で最も年配だと覚えていたエルヴィンが震えながら口を開いた。
「若様・・・ヴォルフラム様は・・・ヴォルフラム様は魔族共に捕えられてしまいました。」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァルターは固まった。あまりにも聞きたくない言葉だった。まだ生きていると自分に心で言い聞かせてヴァルターは父の家臣に問うた。
「エルヴィン殿、父上はどの様にして捕まったのか?教えてくださらないか?」
主君の息子にそう問われエルヴィンは重々しく話す。
「我々は油断していたのです。この先の平原で会戦を行い敵のゴブリンの槍兵800人が我が軍1500人の攻撃に怯え撤退したと思い200騎で追撃したのですが道の狭い森の近くにたどり着いた途端、ゴブリンの弓兵に攻撃されたのです。」
ヴァルター達の住まうブロド大陸とは別の暗黒大陸にあった古代エルフ文明を滅ぼしたオークやゴブリンを主に構成される魔族という亜人の種族の事は知っていた。エルフやドワーフ達の様な高度な文明を持たないがずる賢く残虐な敵だと教わった。
「前衛と本隊が弓攻撃によって混乱に陥る中、矢の攻撃が収まると今度は森から魔物のヴァーグに騎乗したオークの騎兵が数百騎で突撃してきました。」
つまり大公軍は徹底しているふりの敵に騙されまんまと敵に有利な地形に嵌められたという訳だった。
「我が軍が蹂躙される中、ヴォルフラム様は下馬してオーク達に対して奮戦し撤退する際に我が隊と共に殿軍を買ってでたのです。最後の撤退の最中でヴォルフラム様がゴブリン達によって馬から引きずり降ろされたのを私はみました。私は救おうとしましたが殿から行けと叱咤され戻って参りました・・・」
撤退する時の最後部たる殿軍、主力を逃がす為に援軍もない最も危険な任務を父ヴォルフラムが志願したと聞いてヴァルターは衝撃を受けた。旗騎士という名誉ある立ち位置と大公に仕えている関係から殿軍を引き受けたのだろう。そして敵に捕まったのだ。
「若様、ヴォルフラム様に・・・殿に仕える家臣でありながら全く救えず誠に申し訳ありませんでした・・・!」
白髪も見える歴戦の騎士エルヴィンが若きヴァルターを前に涙ながらに謝罪した。
ヴァルターは目の前で泣きじゃくる家臣を叱責する事も慰める事も出来ず父が捕らわれた事実に呆然と立ち尽くすしかなかった。
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