エルフの魔女ティッタ 後編
ティッタがヴォルフラムの若い頃の話をするとコーネリアがそれに食いついてティッタに改めて感謝の念を示した。食事中の会話が弾み大広間の雰囲気は明るく見えたがどこか影も見えた。人参の素揚げを食べ終えてふとティッタが言葉をぼそりと放つ。
「簡単な魔法も学ばん癖に困った時のわし頼りで魔法の研究も進まずに本当に迷惑じゃった。魔族に捕まるならさっさとわしに頼ってくれ。肝心な時に迷惑をかけずに勝手に逝きおって・・・」
ティッタは言葉ではヴォルフラムを迷惑だと言ったが態度は頼られて有難い様にもヴァルター達には見えた。何より彼女自身もヴォルフラムの死を悔やんでいたのが歯ぎしりしていた彼女の顔でよく分かった。ヴァルターも自信の胸のうちにあった想いを言葉にした。
「勝手に逝ったんじゃない。俺のせいだ!俺があの要塞に行かなければ父さんは死なずにすんだかもしれない。俺が行かなければ父さんが生贄にならなかったかもしれない!」
「お兄ちゃん、そんな事いわないで!お兄ちゃんはお兄ちゃんでお父さんを助けようとしたんでしょう!」
ヴァルターにグトルーネが反論した。兄は兄なりに父を助けようとしたのではないかと。しかし妹の反論も意にせずヴァルターは言葉を吐き続けた。
「騎士身分の捕虜なら身代金を払って取り戻せるチャンスもあった!向こうから捕虜釈放の要求を待つ手もあった!なのに俺が早まって父さんが死んで奴らの餌食になった!俺が父さんを殺したんだ!」
父の仇を討ちたいという気持ちは本当だった。だが同時に目の前で父を殺された為に生じた悔やみもあった。父があの時首を切られ、肉を魔族共に削がれ食われてからヴァルターはずっと苦悶していた。もし自分があの時いかなければ、もし自分が余計な事をしなければ、もし自分が父を助けるという無謀な計画を最初から立てなければ父も助かったのではないか。自分が父を殺したのではないか。今まで蓄積していた想いをついに爆発させたヴァルターの発言に母も妹も絶句して何も言葉が発せなかった。彼女たちは戦場に行っていないのでどう言葉をかければ良いのか分からなかった。大広間にいた使用人達もヴァルターの発した言葉に黙ったままだった。
パシ!とヴァルターの左頬に衝撃が走った。騎士として体を鍛えたヴァルターには魔法の修行ばかりに専念して鈍ったティッタの右手のビンタなど痛くも無かったが自分の目の前に近づいた彼女に気づくのには十分だった。
「うぬぼれるなよ、ヴァルター。」
静かに彼女は言葉を通して怒りをヴァルターに表した。ヴァルターの両腕を掴んでティッタは続けた。
「お前一人の行動で父親が死んだと思っておるのか?お前の行動は軽率だったかもしれん。だがお前は魔族と戦っていたのじゃろう?魔族も戦いとなればどんな行動を取るか分からんではないか。そんな戦場がお前一人でどうにかなると思うなよ、ヴァルター!」
ティッタの言葉にヴァルターは反論も出来なかった。ティッタは怒気を抑えながらさらに続けた。
「何より許せんのは・・・さっきの発言がヴォルフラムを侮辱している事じゃ!ヴォルフラムの坊やは自らの命と引き換えにお前たちを見事救ったではないか!お前の行動一つでどうにかなるならヴォルフラムの決断はただの犬死だったと言いたいのか、ヴァルター!」
ヴァルターにはいまだ後悔の念があった。が、自分の思いと発言が父ヴォルフラムの命を賭けた犠牲を結果的には侮辱している事に気づいたヴァルターは嗚咽で体が震えた。
「ちがう・・・!父さんの死は無駄なんかじゃない!俺が・・・俺たちが生きて帰れたから!父さんは・・・!」
背丈の低いティッタの頭がヴァルターの胸に密着する様に彼女はヴァルターにゆっくりと抱きついた。彼女の見た目の幼さとは逆に彼女の体の動きから優しさを感じ心が温まる様な気分を彼は感じた。ヴァルターに抱きついてしばらくティッタは自分の手を彼の背中に置いたままヴァルターから少し離れた。ヴァルターを見上げて浮かべた彼女の笑みは春を思わせるように優しかった。
「そうじゃろう?ヴォルフラムは命を賭してお前たちを救ったのだ。今のお前がやる事は自責の念にかられる事だけではなかろう?ヴォルフラムから継いだのは家督だけではない筈じゃ。あやつは頑固者だったが信念は曲げぬ立派な騎士ではあったぞ。」
膝をまげてティッタに抱きついたのはヴァルターだった。それをティッタは優しく受け止めた。
「ティッタ・・・。俺は父さんの様な立派な騎士にはなれないけども・・・それでも父さんを屠った魔族共を許せない・・・!父さんの汚名を注ぎたい!俺は家伝の魔剣を手にしてでも父さんの仇を討ちたい!」
泣きながら己の騎士としての目標をティッタに語る。それを受け止めたティッタはヴァルターの頭を子供の様に優しくなでた。
「よし。それでこそヴォルフラムの息子じゃ。魔剣については夜、わしの小屋に来い。詳しく話そう。」
ヴァルターにはこの時のティッタがとても大きくそして頼もしく思えた。
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