家督を継いで
「本当に?本当にお父さんが亡くなったの?戦死したの?」
しばしの沈黙を経て母コーネリアが声を挙げた。いきなり夫の死を宣告されても信じられないのは当然だとヴァルターは理解した。
「本当だ。大公のルートヴィヒ様からも父さんの死亡宣告書と死亡税支払い確認証を頂いた。今後はヴルムドルフ家の家督は俺が引き継ぐ事になった。」
父の死に様には答えないまま事実だけをコーネリアに伝え、死亡宣告書と大公に家臣としての死亡税を支払った証明書を大広間のテーブルに置いた。
「ねぇ、兄ちゃん?お父さんが亡くなったから埋葬場所を教えて?戦地で亡くなったならグリュンブルクってお城の近くに埋葬されたんだよね?」
はぐらかすのは家族にとっても自分にとっても限界だと感じたヴァルターはその夜何が起きたかを伝えるしかなかった。
「大公様の軍は負けて撤退の殿を父さんがする事になった。それで魔族の奴らに捕まった。それを聞いた俺は父さんを救おうと従騎士の仲間と一緒に奴らの要塞に入って助け出せそうだったのに・・・」
その先の言葉を言おうとするとヴァルターの目が熱くなり、涙が頬を伝った。泣きながらヴァルターは言葉を続けた。
「黒の大将軍という魔族の将軍に捕まった・・・。奴は従騎士の俺たちを殺そうとしたけど・・・父さんが・・・父さんが身代わりになったんだ・・・!奴らの儀式の生贄になったんだ!」
魔族が捕虜に行う儀式がいかに恐ろしいかを言伝ではあるがヴァルターの目の前の3人は知っていた。遺体が回収できないどころか魔族のいいようになったという旨の説明を受け、ヴァルターの母も妹も、一家の執事も衝撃のあまり言葉が出ないでいた。
「うそだよ・・・父さんは今までどんな危ない戦場でも駆け巡って最後は傷だらけだけど笑顔で帰って来たじゃん・・・。こんなのうそだよ・・・。」
グトルーネは父の凄惨な死を否定したかった。それは兄のヴァルターも同じだったが父の死に様を直に見た以上否定の仕方がなかったが死を肯定もしたくなかったので苦虫を嚙み潰したような顔で黙って妹から顔をそらした。その態度が余計にグトルーネの心を揺さぶり、泣いてしまった。兄の咽び泣く声と子供の様に泣いている妹の声が大広間に轟いた。長年ヴォルフラムに仕えて来た執事のオットーも二人の気持ちが分かっているため泣いている二人を止めようとはしなかった。二人が泣くのを止めたのは母だった。
「二人ともいい加減泣くのはおよし!」
ヴォルフラムの妻で二人の母コーネリアの怒声がヴァルターとグトルーネの泣き声を黙らせる。二人の顔が母の方へと向く。怒声を挙げた母すらもうっすらと目に涙を浮かべていた。
「私の夫で一家の長ヴォルフラムは騎士としての務めを最後まで果たしました・・・。今私達に出来る事は旗騎士としての誉れを受けた家の名に恥じぬ行動をする事・・・、そして嫡子であるヴァルターを家督を引き継ぐ新たな家長として認める事です。」
そう言うと母コーネリア、妹のグトルーネ、執事のオットーが一斉にヴァルターに向けて頭を下げた。この瞬間を持ってヴァルターはヴルムドルフ家の新たな長となったのだ。頭を下げ終えるとコーネリアは息子に問うた。
「新たな家長ヴァルター・フォン・ヴルムドルフ、第一の命令はなんですか?」
「正直父の死を受けて迷っています。自分なんかが家長でいいのかと。でも最低限の事はやろうと思っています。」
コーネリアの目には息子のヴァルターがいまだ迷いがあるのが見えた。しかし一応家長としての責務は果たすと宣言したのでコーネリアは一安心した。
「分かりました・・・。家督の引継ぎを臣下のエルヴィン、分家のゴットフリートと彼の息子のディートリッヒにも伝えましょう。」
ヴァルターの宣言を受けて母のコーネリアは手紙を送る準備をするとの確認をした。
「それともう1つ、エルフのティッタに今回の件を話そうと思います。」
「ティッタのおばあちゃん、お父さんとはなんだかんだで仲は悪くなかったからショックを受けないと良いのだけれど・・・」
ヴァルターの報告にグトルーネが懸念を伝えた。ヴォルフラムは息子のヴァルターとは違いエルフのティッタから魔法の手ほどきを受けなかった。ティッタの使う魔法の中には火を飛ばす様な攻撃魔法も含まれていたがヴォルフラムはそんな魔法をグトルーネの目の前で「士道に反する」と断言したため微妙ではあるが決して悪い関係ではなかった。ヴァルターは溜息をついてグトルーネに答えた。
「嘘か本当かわかんないけどあの婆さんはうちの家に昔からいるらしい古い客人だ。大事な事だから伝えるしかないさ。」
そう言うとヴァルターはティッタを夕食に誘う準備を屋敷の者に任せ、自身はすぐに村に下りて村の役人達に父の死と家督の引継ぎを伝えにいった。
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