ヴァルターの帰宅
家伝によればヴァルターの一家がこの一帯の地域を治める様になったのはご先祖様のヴァルデマールという人物が3世紀前に竜に襲われていた当時のボイマルケン大公を救って竜を倒した事からこの地域をヴルムドルフ(竜の村)と呼び、この村の管理を農民に没落した当時のヴァルデマールに騎士として任せたのが始まりだという。それ以降ヴァルデマールから今のヴァルターにいたるまでフォン・ヴルムドルフを名前の後に付けていた。
そのヴルムドルフ家は村から少し離れた丘の上に煙突が横づけされた二階建ての地下に食料や飲み物を貯蔵している地下室を有している屋敷に住んでいた。門番に挨拶をしながら屋敷の門を通ると、ようやくヴァルターはグラニから下馬する。屋敷の使用人に一ヶ月ぶりの挨拶をしてグラニを馬小屋に連れて行くように命令するとヴァルターは玄関から屋敷の中へと入っていった。
屋敷に入ると最初に目に入るのは大広間へと通じる廊下とその廊下の横に設置された2階に通じる階段だった。2階に妹がいるのだろうと察したヴァルターは大声で妹の名を呼んだ。
「グートルーネ、いるんだろ!俺だ、ヴァルターだ!下に降りて大広間に来い!」
「え?兄ちゃん!?もう帰って来たの?お父さんはまだ前線のお城にいるの!?」
やはり2階の妹の寝室から驚いた感じの妹グートルーネの声が帰ってくる。すると2階への階段の向こう側から肩まで伸ばした髪を後ろに纏めた妹がペンと羊皮紙を持ったままひょっこりとヴァルターの視界に現れた。おおかた妹の好きな騎士恋愛物語でも書いているのだろうかとヴァルターは予想していた。
「その事で話があるから降りて来い。えぇと・・・「農民娘だけど騎士様に愛されすぎてつらい」だったっけ?それと羽ペンは部屋に置いとけ。」
「うぅ!自分の兄にそう言われると痛々しいタイトルだって身に染みる・・・。でも村の女の子たちに見せたらすごく好評だったからね!これでお金取れて今2巻目脱稿したんだから!」
自分をひたすら地味だって卑下する少女が突然イケメンの騎士に見染められる内容の小説、村の娘達に金を取れる程受けが良かったのかとヴァルターが溜息をつく。そういえばグトルーネは以前大公の宮廷を見学した時にミンネザングの修行もしていた騎士仲間のハインリヒに一目ぼれしていたなと思い出すがハインリヒは私生活では甘い言葉を少女達に吐いて控え目に言っても派手な女性関係を築いているのでいつハインリヒはやめとけと切り出そうか悩んでいた。
「ヴァルター?!貴方なの?ずいぶん早い帰還じゃない?戦が早く終わったの?」
ヴァルターとグトルーネの母、コーネリアの声が大広間の方から聞こえてくる。
「ただいま母さん、執事のオットーさんも大広間に呼んで来てくれ!大事な話があるんだ!」
ヴルムドルフ家の領地経営を補佐し屋敷の使用人たちを指揮する執事の名も上げ、一家で重要な人間をヴァルターは一斉に食事や歓待を行う為の小ぎれいな大広間へと集めた。
妹のグートルーネ、母のコーネリアと執事のオットーは突然やって来たヴァルターに驚きと不安を隠せなかった。ヴァルターは本来なら従騎士として一人前の騎士である父の補佐をしていた筈だったからだ。その感情を最初に口に出したのは執事のオットーだった。
「若様、お帰りで早々申し訳ないのですが旦那様はいかがなされたのでしょうか?戦が早く終わって旦那様だけ城の守りについているのでしょうか?それとも病で動けないのでしょうか?」
3人の不安そうな目を見てヴァルターは苦々しく思いながら重い口を開いた。
「父さんは・・・ヴォルフラム・フォン・ヴルムドルフは亡くなられた。」
その言葉の重さでヴァルターの目の前の3人は少しの間何も言えなくなってしまった。
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