第3話 姫と執事
昼食のソーセージと野菜のスープに白パンを食べた後にヴァルターを含めた4人の見習い騎士達が稽古場のペルの柱に向けて木の剣を打ち込む事30分間、4人は先ほどの小姓達以上にへとへとになり地べたに座り込んでいた。
「もうやだ・・・打ち込みたくない。」
最初に音を上げたのはハインリヒだった。息を整えながら顔から出てくる汗をハンカチで拭った。
「お前が女ばかりくどいて稽古さぼるからそんな事になるんだろ。ふぅ・・・俺には良い準備体操になったぜ。誘ってくれてありがとよヴァルター。」
こう言うのはヴァルターと同年齢の割にはがたいの良い大男のディートリッヒだった。元からこういう運動が好きな彼は今回の稽古に誘われて喜んで引き受けた。
「しかしペルに30分間打ち込むのは流石にきついよ。こんなに長い稽古しなくて良いんじゃないか?」
今度言葉を発したのはメガネをかけたヘルムートだった。どちらかと言うと用兵に興味のあるあまり体育会系と言えない青年だった。すかさずヴァルターが反論する。
「小姓に稽古修行をさせて自分達だけさぼる訳にはいかないだろう。」
「見習い騎士の俺たちにも稽古以外の仕事があるだろう。例えばヴァルター、お前なんか自分の父上の武器や武具の修理を任せられているだろ?」
ヘルムートの指摘にヴァルターは「んむっ・・・」と言うだけで反論できなくなる。
「全くヘルムートの言う通りだ。」
低い声が稽古場に響いて4人が一斉に後ろを振り向く。金色の刺繍をした赤い立派なチュニックを着た長いあごひげのドワーフが立っていた。
「クルツ様!ここに来ても大丈夫なのですか!?戦場に近いですよ、ここ?」
ヘルムートの指摘にドワーフのクルツはふんと鼻を鳴らした。
「大公様の赴く所で出来るだけ家の管理をするのが執事というもの。大公様がお留守の宮殿は修行中の息子に任せたわ。」
普段は宮廷で召使達を指示するドワーフの執事がこんな所にまで出てくるのは珍しいと見習い騎士4人が驚いていた所、クルトの後ろからひょっこりと金色の刺繍に白いワンピースのドレスを着た女の子が近づいた。
「姫殿下?!」
「あ、もう!ヴァルター!クルツを驚かせる事に失敗したじゃない!」
ヴァルター達4人が急いでお辞儀をした相手はルドルフ大公の娘、レギンリンダ姫だった。
後ろを振り向きクルツも軽くお辞儀をした。
「ほほ。このクルツ、姫様の高貴な気配を後ろから直ぐに感じましたぞ」
「ドワーフの観察眼というやつね。お父様がお前を雇う訳だわ。」
「姫様、失礼しますが・・・」とレギンリンダに言いつつクルツはヴァルターの方へ顔を向けた。
「ヴァルターよ、お前が小姓達に午前から激しい稽古をさせたせいであの子らが筋肉痛になって城での奉公の仕事が出来ないのだぞ。どうしてくれる?」
クルツの抗議にヴァルターはすかさず反論した。
「クルツ様、私が小姓としてあなたの監督下にいた時もこの様な稽古は騎士に必要だから何度も行いました。まして今は戦時です。小姓であろうと気を引き締めるべきかと」
ヴァルターの反論にレギンリンダが口を挟む。
「でもね、ヴァルター。貴方の稽古は10歳くらいの小姓達にしては厳しいと思わない?あの子たち、私の身の回りの世話も筋肉痛で出来ないのよ?」
「それは・・・誠に申し訳ありませんでした。こうなると分かっていたら小姓たちに加減すべきでした。」
レギンリンダの指摘にヴァルターは反論する事も出来ず頭を下げて謝罪した。
沈黙の間をクルツは手を叩く事で破った。
「稽古が終わった所で申し訳ないが見習い騎士のお前達にも仕事があるだろう?ハインリヒは食料の確認の続き、ディートリッヒは新しい武具の運搬を、ヘルムートは大公様がお戻りになるまでに城の清掃、そしてヴァルターは武具の管理と修理の続きだ。休憩は与えてやるが後で小姓達が出来ない分をたっぷりやって貰うぞ」
ヴァルターら見習い騎士達はこれから行われる重労働を予想してひきつった顔になっていく。
「だからいったじゃん。こんな寒い日に稽古はやめようって・・・」
言い訳じみたハインリヒの言葉が稽古場に空しく響いた。
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