ヴァルターとリンダ 後編
こうしてレギンリンダとヴァルターの密会が始まった。といってもお互い幼かったので話す内容と言えばせいぜい騎士修行の話しとか、彼女の憧れる魔法の話しとか他愛のない会話だった。しかし生まれついて高貴な身分で周りを使用人に囲まれたレギンリンダにとっては初めての家族以外の対等な話し相手でその密会自体がとても楽しかった。レギンリンダがヴァルターを友達以上に男性として意識する様になったのは10歳位の時だ。騎士修行の一環の剣術大会で優勝したら父上に褒められたと自慢する彼の笑顔に彼女はときめいた。剣術で鍛えた手を見せられるとこんな手に握られてみたいと思うようにもなった。そんな一番楽しい時を思い馳せながら笑顔で自室のクラウンガラスから外を眺めていた。
「姫様、何か良い事でもありました?可愛らしい笑顔になってますよ?」
先ほどまで自分の着替えを手伝っていた侍女のグレーテルがレギンリンダに寒い朝を迎える為にと暖かいお茶を差し出して尋ねた。侍女だが同じ年頃のグレーテルも悩みを打ち明けられる大切な友人の一人だった。
「良い事があったのよ。昔からの友達を思い出したの。その事を思い出すだけでも楽しくて。」
暖かいお茶を飲み干してレギンリンデは再び思いに馳せる。ヴァルターが従騎士になる直前からだろうか、楽しい密会が段々減って彼の態度もどこかよそよそしくなり敬語ばかり使う様になったのは。騎士になるのも時間の問題だから父との主従関係を意識しているのだろうか。そう彼女が考えるとグレーテルが後ろから「姫様」と呼びかける。「何かしら」とレギンリンダが答えて振り返ると一瞬言葉に詰まったグレーテルが再び言葉を開く。
「差し出がましいでしょうがその友達というのはヴァルター様の事でしょうか?」
「い?!いいい、いいえ!違うわよ!な、何故そう思うのかしら!?」
想い人の名を唐突に告げられて必死に否定するもその態度が逆に認めている事のなはレギンリンダでも分かっていた。寒い筈なのに頬が彼の事を思い出して熱くなり恥ずかしくなってしまう。ただグレーテルは興味本位では聞いていないようだ。彼女の心配そうな顔がそう物語っていた。しばらくの沈黙の後、レギンリンダは溜息をつきながら言葉を吐いた。
「そうね。私の昔からの友達はヴァルターよ。これお父様には内緒にしてね、グレーテル?」
「もちろんです姫様。姫様にとってヴァルター様は大切な殿方の様ですからこのグレーテル、拷問されても吐きません!」
違う!と否定したかったが彼の名を告げられて顔をすぐに赤くする様ではどう想っているかなどグレーテルにはお見通しだろう。そんなグレーテルが真面目な顔つきになってレギンリンダに話しかける。
「ヴァルター様は今朝、故郷のヴルムドルフに帰られましたね。姫様を起こす時準備をしていたらあの方とバッタリあったのですが昨日と比べて少し元気があった様に見えました。」
昨日の彼はヴォルフラムの処刑を直に見たショックや憎悪が混ざっていて精神的にボロボロの状態だったのは明らかだった。せめて彼を励まそうとレギンリンダは昨夜彼の腕に自分の胸を押し付けて元気づけようとしたなんて今思うと恥ずかしすぎて口が裂けても言えない。ただ間違った事をしたとは彼女は思っていなかった。騎士としての彼を再起させられるのなら自分の胸くらい安いものだとも考えていた。
「ヴァルター様は戻って来られるでしょうか?その・・・お父上の死を直に見せられて酷く落ち込むと思うのですが?」
ヴァルターを案じたグレーテルの発言にレギンリンダは即答した。
「ヴァルターは必ず戻って来るわ。彼が小姓の時、必死に修行した姿を見た事があるもの。あの人の心はああ見えて強いと思う。だから必ず騎士になりに戻ってくるわ。」
正直レギンリンダは複雑な気分だ。まだ経験不足の状態で騎士にさせて戦場に行かせる父には不満がある。だが父の死のショックで落ち込んで故郷に逃げ込む彼の姿も見たくないという思いもある。彼は先祖伝来の魔剣を取りに行くと伝えた。今はそれを信じるしかレギンリンダにはないのだ。彼女はクラウンガラスの窓の方へと振り向いて再び外をみる。
「ヴァルター、貴方の言葉を信じてまっているわ。だから必ず帰ってきて。」
姫にあてがわれた個室の中でレギンリンダは祈る様に呟いた。
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