ヴァルターとリンダ 前編
レギンリンダが6歳の頃だった頃、生まれてからずっと近くの森に囲まれた離宮で過ごして来たが大公家の一員としての自覚をもって貰う為と言われ母の大公妃と弟のコンラートと共に父の住む首都の宮殿に住むようになった。そこで初めて宮殿の下人や侍女達を指揮する執事長であるゾマーゼッツのクルトというドワーフと出会ったのをよく覚えている。
そのクルトのでっぷりと太った腹をみて思わずおとぎ話の森のクマさんに似ているから「森のクマさんだ!」といった時に母に叱られたがクルトが大笑いしたのをレギンリンダは良く覚えている。今思うと冷静であまり表情を表に出さない彼にしては珍しかったとレギンリンダは思う。クルトの横にいたドワーフの道化も一緒に笑っていたのも印象的だった。
クルトからは召使や侍女と一緒に騎士修行の一環で宮殿の雑用を行う小姓の少年達が多数働いているから生意気な事を言っていたら遠慮なく報告する様にと言われた。
宮殿に引っ越したその日から小姓達は自分と変わらない年齢にも関わらず使い走りや父ルートヴィヒの身の回りの世話をしたりしていた。そんな彼らの中で目を引いたのが綺麗な金髪の少年だった。金髪の彼の名をクルトに聞きたかったが何故か恥ずかしくて聞けずに何日も過ぎた。ある日、レギンリンダは弟のコンラートからかくれんぼしようと誘われた。森の離宮でもやっていた事で特に異論はなく、今回は彼女が鬼になって彼を探そうとした。しかし森の離宮よりもはるかに大きい城である大公宮殿は探すのも歩くのも大変だった。
探しているうちにレギンリンダは不安になった。もし弟が変な場所にでもかくれてケガでもしたらどうしよう?彼は将来大公になる身なのに自分のせいだ。2時間あちこち探してもコンラートはいっこうに見つからなかった。探せぬまま疲れてしまい廊下でうずくまっていたらコンラートの身を案じて思わず泣いてしまった。こんな広い宮殿だからすぐにかけつけてくる下人も侍女もいなかった筈だが幼い声が聞こえた。
「お前、そこで何泣いているんだ?」
泣きべそをかいたまま見上げるとあの金髪の少年ヴァルターが心配そうにレギンリンダを見つめていた。
「弟とかくれんぼをしていたら彼が全然見つからないの。屋敷のどこにいったか分からないの。」
「じゃあ一緒に探そうか?俺もここに住み始めて1年だから屋敷の裏まで知っている。」
自分より歳が少し上なのにそんな彼が頼もしく見えた。レギンリンダは泣くのを必死に抑えて「うん」と頷いた。
「お前、名前は?」
「私はレギンリンダ。弟はコンラートって言うの。」
ヴァルターから名を問われて答えたら一瞬彼の頭上に疑問符が付きそうな顔つきになったが「まぁ、いいや」と言ってレギンリンダに早速尋ねた。
「レギンリンダは宮殿のどこ辺りを探した?」
「宮殿の西棟でかくれんぼを初めてそこを手始めにコンラートを探したの。そこから今の中央の建物にいるの。」
「ここだと厨房や大広間があって働いている人がいるからそれでもすぐに見つからないって事は最後の東棟だな。行ってみるか」
立ち上がったレギンリンダの右手に暖かくて柔らかい感触が伝わった。ヴァルターが彼女の右手を握ったのだ。
「お前まで迷子になったら俺も困るからこうすれば問題ないだろ?」
屈託の無い彼の笑顔がレギンリンダの心を満たす。結局二人は手を繋いだまま宮殿中を歩いて周りようやく弟のコンラートを東棟の部屋で見つける事が出来た。この間、大公の息子と娘が突然いなくなった事で宮中は大騒ぎになっていたがとりあえず人の大勢いる宮殿の中央の大広間にレギンリンダとコンラートを連れてきた事で二人を見つけた大公夫妻は一安心し事態は収束した。
「姫様、知らないとはいえ此度は無礼を働いて申し訳ありませんでした!」
仕える主君の娘にため口で接した事の気まずさで翌日ヴァルターは彼女の個室に赴いて謝罪したがレギンリンダは個室の椅子に座ったまま周りを見ていた。昨日はため口だったのに今日からいきなりため口で接してくる彼は何だか変な気分だ。今なら下人も侍女も部屋にはいないと踏んだ彼女はヴァルターに言った。
「ヴァルター、許して欲しいなら条件があるの。今後二人っきりの時間を作るからその時はため口でも良いからありのままの貴方でいて。」
「普段通りの俺で良いと?」
「その時に色々楽しい事をお話しましょう。今後はリンダと呼んで頂戴!」
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