リンダの怒り 後編
ルートヴィヒとレギンリンダが属している名門貴族のシュタインブルク家が治めるより数世紀前、古のボイイ部族の部族長だったバルドュルフを始祖とするバルドュルフィング王朝による古ボイマルケン王国が存在していた。しかし帝国の一部となってから独立性の強いバルドュルフィング王朝は嫌われ、当時の皇帝の勅令によって王朝は取り潰され最後の王も神殿に出家させられたのだ。そんな昔の伝説に関わる話しをいきなり聞いてレギンリンダは目を丸くしていた。「え・・?」と思わず彼女が口を漏らした。
「俺の家はひい祖父さんの代まで身分が農奴だったからそんな話しを聞いた時に相当話しを盛っているなと思ったよ。実態は昔反乱を起こした貴族が農奴に身分を落とされたんだろうな。でもその時だよ、剣の話しを聞いたのは。」
レギンリンダの反応も予想していたヴァルターは苦笑しつつ話しを続けた。しかし剣の話に差し掛かるとヴァルターの言葉が真剣になる。剣の話はヴァルターが謁見の間で話しを切り出してからレギンリンダも興味津々だった。彼女も吟唱詩人の歌う騎士が強い剣を手に入れ姫を魔の手から救うという物語が大好きだった。だからレギンリンダは目の前の幼馴染に尋ねた。
「どんな剣なの?もしかして魔法の剣なの?」
「最初の王バルドュルフがエルフの刀鍛冶に打たせたエルフ鋼で出来た魔剣と聞いている。それが故郷の村の奥にあるご先祖様の墓に眠っていると言われている。」
エルフ鋼はエルフの古代王国が繁栄していた時に盛んに作られた合金だ。魔族にエルフの古代王国が攻め滅ばされた際にエルフ達が人間の住む領域に散り散りに逃げた事で失われたエルフの技術の一つだった。お伽話の様な人名や単語がポンポンとヴァルターの口から出てきてレギンリンデは驚くが否定してもしょうがないと理解してヴァルターに尋ねた。
「帰る時にその剣を取りに行くのね。騎士に叙任する時に持ってくる為に。」
「前の剣は魔族共に奪われた。それに魔剣と聞いているから自分の魔法が活かせるんじゃないかと思っているんだ。詳しい事はティッタの婆さんに聞かないと分からないけども」
「ヴァルターに魔法を教えたエルフの魔法使いさんね。一度お会いしてみたいわね。」
レギンリンダは小姓時代のヴァルターからエルフのティッタの事をある程度は聞いていた。物心ついた頃からヴァルターの家に食客として住んでおり、ヴァルターがヴォルフラムから彼女を初めて紹介された時にご先祖様が彼女に長らくお世話になっていると聞いている為、相当長生きなのだろうとレギンリンダは予想した。
「その剣を持って帰って来たら今度こそ戦場にいくのよね・・・?」
「俺はこれから騎士になる男だからな。しかも大公様の騎士だ。死ねまで戦えと命じられたら死ぬまで戦うさ。」
レギンリンダの問いにヴァルターは答えたが声に覇気は無い。今は色んな負の感情がごちゃまぜになっており普段の様に冷静に答えられなかった。
互いの距離はすでに近かったがレギンリンダがさらに近づき、ヴァルターの左腕にぎゅっとしがみつく。13歳にしては良く育った胸が左腕にあたりそれを感じたヴァルターが困惑しつつも頬を紅潮させているのがレギンリンダには分かった。
「ヴァルターのスケベ。晩餐会の時にも貴族のご子息から胸をじろじろ見られた事があるのだけれど男の人ってやっぱり胸が好きなのね。このスケベ騎士。」
「ごめんなさい・・・」
ヴァルターの言葉は以前弱弱しいものだったが、さっきと違って少し上ずった声になっていた。レギンリンダは悪戯っ子のようににやりと笑った。
「貴方が昔からお胸の大きくて美麗なご令嬢には頭が上がらなかったのは知っていたわ。私がこうしたらちょっとでも元気が出たみたいで嬉しい。」
幼馴染であり美少女でもあるレギンリンダに何か特別な感情を胸にしまっていたヴァルターは彼女に抱きつかれた事を嬉しく思っていた。我ながらちょろいなと心の中で自嘲するが線は引かねばならないと理解しヴァルターは腕に抱きついていた彼女を引き剥がした。
「その・・・気持ちは嬉しいのですが姫様は貴族としてこれから縁談もあるのでしょうからこういう事はお控えなさった方が良いかと思います。」
ヴァルターを励まそうと抱きついたレギンリンダは彼の方から引き剥がされた事と彼が敬語に戻った事に不満を持っていた様で半開きの呆れた様な目で彼を見つめていた。
レギンリンダは「ヘタレのスケベ騎士・・・」と呟いた。
しかし時間は残されていなかった。もうすぐ寝る時間で部屋の外で見張っていたマグヌスからドア越しに時間切れの合図を示す軽いノックが2回鳴った
「では明日の出発のためにもそろそろ部屋に戻ります。良い夢を、姫様。」
レギンリンダに挨拶をしてヴァルターは腰かけていたベッドから立ち上がると部屋から出るドアに急ぎドアノブに手をかけた。その時後ろからレギンリンダの声が聞こえた。
「ヴァルター、私も貴族として公務が多くなって暇が無いの。だから帰ってきたら今夜みたいにまた一緒に話さない?私の騎士として・・・」
「姫様、自分は大公ルートヴィヒ様に忠誠を誓う事になる騎士になる男です。これからは騎士になる事に私情を挟む事はできません。貴方個人の騎士にはなれない。」
レギンリンダの方を振り返らずにヴァルターは答えた。彼女の方から何か諦めた様な感じの吐息が聞こえる。こういう幼馴染の反応に弱いヴァルターは彼女の方へ顔を振り向いて最後に付け加えた。
「でも幼馴染としてまた一緒に話そう、リンダ。」
幼馴染としてのあだ名をもう一度言われて一瞬悲しそうな彼女の顔がぱぁっと輝く。嬉しくなったレギンリンダはビシッとヴァルターを指さしてこういった。
「その時は貴方にもっと尽くすから覚悟しといて、ヴァルター!」
今はその意味を深く考えてはいけないと判断したヴァルターは彼女に何も言わずに部屋から出ると外の廊下を見張っていたマグヌス少年にお礼の挨拶をした後、その場から素早く退散して自分の部屋へと戻っていった。
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