リンダの怒り 前編
大公ルートヴィヒとの謁見が終わった後、ヴァルターはレギンリンダに部屋の掃除を手伝って欲しいとの名目で彼を城の上階の自室に呼びこんだ。彼女の部屋へのドアは小姓のマグヌスが見張っていた。レギンリンダの為に用意された部屋は即席とはいえ壁は豪華な刺繍のタペストリーで覆われ、床は熊の毛皮で敷かれていた。地味だがちゃんとしたベッドに腰をかけながらネグリジェ姿のレギンリンダは自室のクラウンガラスで出来た窓の先を不満そうに見つめていた。ヴァルターも分厚いガラス窓を除くと下の中庭で毛衣と帽子に身を包んだ大公ルートヴィヒがテオデマー将軍と共に中庭で野営していた兵士達と話しをしていた。ヴァルターには大公ルートヴィヒが兵士たちを激励している様に見えた。
「ヴァルター、わたしお父様の命令には満足していないわ。」
レギンリンダは眼下にいた父親にいうかの様にぼそっと呟いた。腰をかけていた彼女の目の前に立っていたヴァルターは困ったような顔で彼女に言葉を返した。
「姫様、元は姫様を急かした俺が悪かったんです。」
「最後は私も賛成して門の格子を上げさせたわ。私も罰を受けるべきじゃない?」
彼女の意見にヴァルターは返答に窮した。
謁見の間でヴァルターは跪いている間にちらりとレギンリンダを見たが父親のとった処分に不満そうだった。そんな顔のまま彼女は自室に戻って来たのかもしれない。レギンリンダはヴァルターの方へ顔を見上げて言葉を続けた。
「大体お父様のあの処分は何?戦なんて知らない私でも分かるわ。まだ従騎士の貴方たちをこのタイミングで騎士に格上げさせるなんてどう考えてもただの数合わせじゃない!テオデマー様もよくこんな考えに賛同したわね!?」
この意見にもヴァルターは何も言えなかった。彼女の言う通り自分たちは先の戦で戦死した騎士達の数を埋める間に合わせに過ぎないと自覚していた。だから比較的はやく騎士に昇格できると聞いた時も空しい気分だった。自分も父親のようにあっさり死ぬのかと。
レギンリンダは座っていたベッドの右をポンポンと軽く叩いた。座れといっているのだ。それを察したヴァルターは彼女の横に腰かけた。レギンリンダが腰を動かしてヴァルターとの距離を近づけて体を密着させた。薄いネグリジェ越しに感じた彼女の肌にヴァルターがドキリと驚いて横にいたレギンリンダの顔を見た。互いの顔の距離はあまりに近かった。
「ヴァルター、今日の朝に帰ってから本当に顔色が悪いわよ。謁見の間にいた時も少しボーっとしてたんじゃない?」
レギンリンダが心配そうにヴァルターの顔を見つめる。実際ヴァルターの顔は目にクマができているし顔も一日中無表情だった。
「姫様はお見通しですね。心を読む魔法でも使ってらっしゃるのですか?」
精一杯の苦笑いは逆効果だった。レギンリンダは余計心配そうな顔つきになる。
「昨日の夜の事ね。」
図星だった。昨晩の事が起きて以来、ヴァルターは心に大きく歪な穴が空いた様な気分になっていた。今は笑ったり怒ったりする気力もないのだ。
「ヴォルフラム様の事、本当に・・・本当にごめんなさい。私、ボイマルケン大公の娘なのに何の力にもなれなくて・・・。あなたの幼馴染なのに・・・」
レギンリンダの憐れんだ顔と言葉がヴァルターに刺さった。
「良いんです姫様、貴方じゃない。全部自分のせいです。そのせいで仲間を危険に晒し父の死も早めてしまった。」
「ヴァルター、そんな言い方をしないで。あなたに本音を言われた時、私も自分のお父様が魔族の捕虜になっていたらと考えていたわ。確かに女の私でも剣を持って助けに行く。だから私はあの時城門を開けたの。ヴォルフラム様の死を早めたというなら私にも責任があるわ・・・。私に意思がないとは言わせないで。」
レギンリンダはヴァルターを憐れみながらも彼を要塞に行かせた自分にも責があると彼の意見に反論した。
「ごめん・・・リンダ。自分の事ばかりだった。父さんがあんな風に・・・あんな風に死んだからどうすれば良いか分からないんだ・・・」
昔の、宮廷で幼馴染だった頃の口調でヴァルターが弱弱しく吐いた。父ヴォルフラムが殺されたあの夜の事を思い出し、両手が父が殺された事の喪失感、殺したオークへの怒りがごちゃまぜになった感情のせいで震えていた。そんな両手をレギンリンダは優しく掴んだ。
「でも貴方は生きている。貴方にも生きてやるべき事があるから暇を申し出たんでしょう?」
ヴァルターは謁見の間で大公ルートヴィヒに叙任までの暇つまり休暇を申請した。故郷の剣を取りにいくとの理由にルートヴィヒは最初は驚いたが最後には暇を許された。
「リンダ、面白い話をするぞ」と彼女に言い聞かせてヴァルターは家族に代々伝わる家伝を語り始めた。
「実は俺の家は昔ボイマルケンを治めていたバルドュルフ王の家系らしい。なんでも最後の王が神官になった時に出来た息子の子孫らしいんだ。」