戦利品集積所へ
深夜に魔族の軍の要塞に潜入したのはヴァルター達にとって幸いだった。見張りは最低限しか配置されず、テントにいる魔族達はすっかり寝ていた。起きている魔族達はというと先ほど捕虜の騎士を儀式の生贄として殺してから神官を中心にどんちゃん騒ぎを起こしており要塞の隅で何が起きているかなど大半の兵士の脳裏には考えさえ浮かばなかった。ここにいる多くの魔族はブロド大陸に植民してきたとはいえこれまで人間から奪ってきた土地で畑作業や羊の放し飼いをしていた所をやってきた役人から魔王様の為の戦だと徴兵されて簡単な訓練を受けた直後にこの急ごしらえの要塞を作る為に集められたのだ。儀式の生贄にされた哀れな人間は血を抜いた後にその肉を丁寧に解体されて用意された火の通った大きな鉄板の上でじゅうじゅうと焼肉になる。オークとゴブリンを主に構成されたおよそ3千のこの軍はこの1週間野菜スープと黒パンしか配給されていなかった為、元が人間とはいえ久しぶりの肉料理とふるまわれた酒に彼らは狂喜乱舞していた。
無人のテントの後ろに隠れて遠くからその様子を見ていたヴァルター達には異様な光景に見えた。
「エルフのじい様から魔族は捕まえた敵を食らっていたと聞いたが本当とはね。吐きそうだ。」
小姓としての修行も終わりに差し掛かった頃にエルフの祖父が語った魔族との戦に従軍した時の魔族側の残虐行為は本当なのだと確信したハインリヒは彼らへの嫌悪感を隠さなかった。
「奴らの食事になった騎士殿には申し訳ないが奴らがどんちゃん騒ぎを起こしている間に捕虜のいそうな場所まで忍んでいこうぜ。このままだとヴォルフラム様も危ない。」
ディートリッヒも魔族たちの行為に戦慄してはいたが状況を冷静に整理して3人に提案した。この食人の宴会で大勢集まった魔族達は酒ものんですっかり勝った気でいて敵の襲撃に警戒もしていない。最初に頷いたのはヘルムートだった。
「ですね。この気を逃す手はありません。早いところヴォルフラム様も餌食にならないよう助けましょう。」
そう決めた4人の行動は早かった。祭壇で身の毛のよだつ宴会に身を任せているオークやゴブリンの兵士達を警戒しつつ4人の従騎士達は要塞内に建てられたテントを遮蔽物として利用しながら要塞の右奥まで金属の擦り切れる音を抑える為に剣の柄を抑え、足音で発見されないようにゆっくりと確実に近づいて行った。
さらに木の柵で囲まれた天井の無いその空間は近くでみると確かに戦利品か何かの集積所だった。木箱や宝箱が山積みされて、2メートル以上ある柵すら越える程だった。そして4人のすぐ左にある集積所への入口には周りを警戒するゴブリンの槍兵が立っていた。
「高さは7フット分(210cm程)はあるな。ヴァルター、がたい良い俺が足場になるから登って向こうの様子を見に行ってくれ」
そのゴブリンの警備兵に気づかれぬよう身長の一番高いディートリッヒが自身を踏み台にして最初にヴァルターに柵を上らせる事にした。ディートリッヒの2重に重ねた両手と彼の肩を足場にしてヴァルターは柵へと山積みされた宝箱へと登っていった。てっぺんへと登ってその空間を見下ろすと確かにそこは戦利品の集積所だった。銀貨や銀食器が山の様に積まれ宝石や真珠の首飾りがその部屋中に乱暴に散乱していた。集積所で積まれていた木箱や宝箱の下にあったのは捕虜用の四角いケージだった。開かれたケージの殆どに血がついており、さっきの騎士の様に丁重に扱われた訳ではないと理解した。ヴァルターがふと集積所の中心を見下ろすとオークやゴブリンが5人いて誰かを囲っていたぶっている様に見えた。目をこらしてみると甲冑を剥がされ制服だけの父ヴォルフラムが両手を後ろに縛られたまま腹や股間などの急所を蹴るなどの暴行を加えていた。
息子が剣を抜いたのは一瞬だった。
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