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第八話・二人暮らし

 5LDKの一軒家は二人で住むには広すぎる。それは家族が父だけになった時にも感じた。新しい家族を迎え入れて、随分と賑やかになって来たと思っていたのに、また家の中がしんとしている。


 母親が旅立って行くのを玄関先で見送った後、佳奈は二階の自室へと上がっていってしまった。足音すら聞こえてこない天井を見上げてから、愛華はキッチンカウンターに置かれた卓上カレンダーに目をやる。

 柚月が用意したそれには、当面の佳奈のスケジュールが書き込まれている。引っ越してくる時にほとんどの習い事は辞めてきたのに、カレンダーは学校行事と塾だけでぎっしりと埋め尽くされていた。


「……小学生、だよね?」


 学校で毎月のように行われる模擬テストと、二か月ごとにある塾の模試。五年生までは自由だったのが、六年からは学校の授業までもが受験を意識したものへと変わる。私立ほどではないけれど、授業についていけない子には肩たたきもあると真由が言っていた。

 大学受験前の高三の愛華の方がよっぽど時間に余裕があった気がする。


 ――テスト勉強でもしてるのかなぁ?


 再度、天井を見上げる。普段から部屋に籠りがちな妹は、今は何をして過ごしているのだろうか。


「次の日曜は塾の模試があるんだよね? お弁当のリクエストってある?」


 初めての二人だけの夕食時、愛華は佳奈の週末の昼食の希望を確認してみた。模試を朝から昼過ぎまで受けるということは、当然お弁当を持って行かなきゃいけない。自分と父以外のお弁当を作るのなんて初めてで、ちょっぴり浮かれていた。


「やっぱりキャラ弁とか? 私が小学生の時にはそういうの無かったのかなぁ、作ってもらった記憶がないや」

「……もうそんな歳じゃないし。キャラ弁なんて、逆に恥ずかしい。――コンビニでパン買ってくからいい」


 「ごちそうさまでした」と椅子から立ち上がると、佳奈は自分の分の食器を重ねてキッチンへと運んでいく。「一緒に洗うから置いておいて」と愛華が声を掛けると、それに対しては黙って頷き返し、シンクに入れた食器に水を張ってからダイニングを出ていってしまった。相変わらず素っ気ない。


 二人暮らしが始まれば少しくらいは距離が縮まるのかと思っていたが、そうでもないみたいだ。ただ佳奈は親に付いて行って学校が変わるのが嫌だっただけで、愛華と一緒に居たいから残ったという訳じゃないのだから。佳奈にとって、愛華は消去法で選ばれただけに過ぎないのだ。


 年上として、こういう場合はどういう態度でいるのが良いのか、さっぱり分からない。お姉ちゃんって、一体何をすればいいんだろう?



 両親が二人とも出ていってから、愛華自身の生活で特に大きく変わった点は、帰宅するとまずダイニングテーブルの上を確認するようになったこと。佳奈が学校や塾で配布されたプリント類をまとめて置いていくからだ。自分のスマホで写真を撮って柚月にも見せてはいるみたいだが、持ち物や下校時刻の変更などといった、一緒に住んでいる家族が目を通さないといけないものも結構ある。


 とは言っても、佳奈は小学生の割にしっかりしているのでそう大変なことは無い。ノートなどの筆記具が無くなれば自分で買いに行くし、上靴も自分で洗えるし、朝もちゃんと起きてくる。きっと母娘だけの時も当たり前のようにそうしていたんだろう。全く手が掛からないし、愛華が家事以外でしてあげないといけないことは何もない。


 だから、夜中に佳奈の部屋の前を通り過ぎようとした時、中から鼻をすする音が聞こえてきて、どうしたらよいのか分からなくなった。傍からは平然としているように見えたが、妹はまだ十二歳の小学生だということを改めて気づかされる。親と離れるには幼過ぎる年齢に、なかなか慣れない家と血の繋がらない姉。どう考えても、不安だらけなはずだ。

 佳奈が泣いているのには気付かないふりをして、愛華は部屋の前を立ち去るしかできなかった。


 翌朝、いつもと同じ時間に起きてきた佳奈は、リビングのテレビの時刻表示を確認してから家を出ていった。毎日正確に同じ時間に登校していくから遅刻なんてしたことがないんじゃないだろうか。

 そう思いながら、佳奈より遅れて家を出たはずの愛華だったが、着いた最寄り駅のホーム上は普段の倍ほど混雑して、通学や通勤客でごった返している。駅構内に流れるアナウンスによると、信号の故障が原因で遅延が起こっているらしかった。


 その人混みの中、駅の向かいのホームに妹の姿を見つけた。制服に制帽、ランドセルまで学校が指定する物を身に着けた附属の生徒はひときわ目立つ。佳奈と同じ丸襟のブラウスにえんじ色のリボンを付けた小学生は他にも何人かいて、朝から遭遇したトラブルに興奮気味に騒いでいる。お受験校とは言っても、そういうところはどこの小学生も変わらない。


 その同じ学校に通っているはずの賑やかな集団とは離れて、佳奈はハードカバーの児童書を開き、ホームの端に一人で立っていた。同級生らしき似たような背丈の子がいても、それには気付いていないかのように、距離を置いて電車が来るのを待っている。


 ――通学沿線が変わって、今までの友達とは離れちゃったんだろうなぁ……


 通う学校はそのままでも、五年間一緒に通学していた仲間とは家が逆方向で、登下校も別々になったはずだ。一人でポツンと立っている妹の姿は、すぐに先にやってきた反対ホームの電車の車体で見えなくなってしまった。

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