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第七話・大学生活

 大学の入学式を終え、晴れて大学生になった愛華には、講義とバイトとに追われる日々が待っていた。入学当初、同じ高校出身である岡島真由から誘われて、未経験者大歓迎というテニスサークルに入りかけたこともあった。けど、テニスサークルという割に、その主な活動は定期的な飲み会と、合宿という名の旅行だと聞いて、速攻で加入届けを引っ込めた。愛華が思い描いていた大学生活はそういうのじゃない。


「サークルに入るより、バイトを掛け持ちした方が出会いは多いと思うんだよねー。愛華は今もコンビニだけ? 一緒に何か別の探そうよ、カフェとかショップ店員とか、お洒落そうなやつ。あと、夏休みのリゾートバイトは一回くらい経験しときたいなー」


 学食前で販売されているワンコイン弁当を頬張りながら、真由がスマホの画面を操作する。そして、バイトアプリから良さげだと思った求人を見つける度に、愛華にも見せてくれる。カフェやアパレルといった華やかな仕事は、自宅からは遠くて通勤が大変そうなものばかりだった。

 愛華は唐揚げ弁当の卵焼きの味付けを推理しながら、その大雑把な甘さをじっくりと味わう。みりんと出汁に、少しだけ醤油を加えているのだろうか。


 講義予定の無い空き教室には、愛華達以外の学生も休憩場所として利用していた。机にうつ伏せて寝ている人もいれば、購買のパンを齧りながら漫画雑誌を読んで過ごしていたりと、過ごし方は様々。窓の外の芝生エリアには寝転んでいる学生の姿もあり、高校時代には考えられなかった自由さだ。


「バイトを増やすのは、もう少し慣れてからじゃないと。まだ私、研修期間中だし」

「あー、そっか」

「それに、家のこともしなきゃ」

「あれ? お父さん、再婚したって言ってなかった?」

「うん、したよ。小学生の妹もできた」


 「へー、子連れ再婚なんだぁ」と真由はスマホをいじり続けながら、あまり興味無さげな相槌を返してくる。この歳までなると親のアレコレは自分達にはあまり影響しなくなる。なんせ、十八歳はもう成人扱いなのだから。


「でも、来月には親は二人とも関西に行くから、当分は妹と二人だけになるんだよね。だから夜遅くなる仕事は無理かな」


 ワーキングウーマンの柚月との生活が長かった分、佳奈は夜に一人で留守番するのは慣れっこだろう。でもそれはセキュリティの効いたマンションでの話であって、一戸建ての横山家に小学生の女の子を一人きりにするのは心配でしょうがない。特に我が家には仏間があるし、慣れてない内は心細いはずだ。


「え、何それ? 継母の育児放棄?」

「違う違う。本人が行きたくないんだって。六年生だからね、難しいお年頃なんだよ」

「あー、まあ、気持ちは分からないでもないけど……。愛華はそれでいいんだ?」


 きっと傍からは、愛華だけが損な役回りを担っているようにしか見えないのだろう。親の再婚に振り回され、体よく子守りを押し付けられているようにしか。


「別に。家のことをするのは今まで通りだし、佳奈ちゃんも自分のことは自分でできるからね。まだ、あまり打ち解けては貰えてないけど……」


 結局、何だかんだと佳奈の希望通り、大阪への引っ越しは夫婦二人だけということになった。決定打はおそらく、佳奈が言っていた実父との約束なのだろう。「できるだけ早く戻って来れるようにするから……」と柚月は申し訳ないと、愛華に向かって何度も謝っていた。

 せめて親が一緒にいる間にもう少し妹との距離が縮められたら気楽なのにと思っていたが、引っ越ししなくて済むと分かると、佳奈は相変わらず二階の部屋に篭りがちになっていた。姉妹のコミュニケーションは全くとれていないままだ。


「……あ、そう言えば、真由も中学まで国立だったっけ? 新しい妹も附属小だよ」

「うん、年少からのガッツリ十二年コース。うちは親が二人とも卒業生だからね」

「佳奈ちゃんのお父さんもって言ってた。子供を母校に通わせたがる人が多い校風なの?」

「さぁ……私は別に、そこまで通わせたいとは思わないかな、中学までしかないし。でも、代々通ってるって家庭は多かったかも。公立とどう違うかなんて、いまいち分かんないけど」


 愛華には想像が出来ない世界だが、こうやって真由と仲良くできているということは、いつか佳奈との距離も縮まってくれるのだろうか。


 日ごとに増えていく引っ越しの段ボール。二年の期限付きとは言っても、大人二人分だから少なくはなかった。リビングの隅に積み上げられていたそれらが業者によって運び出された翌日、一足先に修司が大阪へと向かった。


「月に一度は帰ってくるから。何かあったら、すぐに連絡するんだよ」

「まだ柚月さんもいるんだし、大丈夫だって」


 娘と離れて暮らすのが初めての父は、愛華よりも不安そうにしていた。母親が早くに亡くなっているせいで、父娘の距離は他の家庭よりも近かったのかもしれない。もう十八歳の娘に対して、過剰なくらいの心配症になっている。


 そしてその半月後に、柚月が残りの荷物を宅急便で送ってから、スーツケースを引きながら出ていった。家を出るギリギリまで佳奈に小言を言っていたが、最後は諦めたように大きな溜め息を漏らしていた。


「自分のことは自分ですること。学校と塾からのプリントは毎日必ず写真を撮って送ってくること。愛華ちゃんに迷惑を掛けないこと。じゃなければ、いつでも向こうに連れていくわよ!」


 まさかこんな早く娘と別で暮らすことになるとはと、その寂しさに浸る隙もなく、柚月はあれやこれやと佳奈へ事細かに注意していた。

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