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第二十一話・佳奈の実父

 世間一般的な小学生のイメージと比べると、佳奈はかなり静かな子だとは思う。でも、本をよく読んでいるけれど、ガチガチの文学少女という訳でもない。大抵がアニメ化や映画化されているような流行りの児童書やラノベだったりして、その辺りは年齢相応の普通の子だ。運動会での様子を見て、改めてそう思った。


 でも、愛華にも身に覚えがあるが、一人っ子だから一人で過ごすのに慣れてしまっている。孤独への耐性が完全に出来上がっていて、一日中誰とも話さなくても苦には思わない。自分のことは自分でやる――自己解決、というのが身についている。それは逆に言えば、自分の思いを人に話して共感してもらうのに慣れていない。自分で何とかしなきゃ、と全てを一人で抱え込んでしまう。


 多分、今も佳奈は一人で抱え込んでしまっていることがあるはずだ。実の母親にも話せないでいるそれは、きっと――


 ――お父さんと会うの、嫌なのかな……?


 カレンダーを眺めては、佳奈がちょっと気難しい表情になる。食事の度に向かいの席で目にするようになった光景だ。心の中で後何日と数えて、少しずつ覚悟を決めているような、そんな風に見えた。決して、会うのが嬉しくて浮足立っている風には見えない。


 佳奈の実父のことは修司から聞いた範囲でしか知らない。だから、愛華には妹がどうしてそんなに父親と会うのを躊躇っているのかは分からない。

 愛華は、佳奈があまり乗り気じゃないように見えるのがずっと気になっていた。だけど、それは佳奈達親子の問題で、血の繋がりのない愛華には口出しできることじゃないはずだ。


 夕ご飯のカリカリを全部平らげたクルミが、構って欲しいと佳奈の足に纏わり付いていく。それには嬉しそうに小さく笑って、片手で頭を撫でて相手をしていた。しばらく撫でて貰うと満足したのか、子猫はリビングの床に転がっている玩具代わりのリボンで一人で遊び始める。



「そんなに気になるんなら、見に行っちゃおうよ! 面白そうだから、私も付き合ってあげるし」

「えー……」

「明後日でしょ? 愛華だってバイト入ってないんなら、ついでに映画観に行こうよ。予告編見て、絶対に観るって決めてたやつがあるんだよね」

「それって、どっちがついでなの?」


 一限目の講義が終わっての教室移動中、真由が興味津々と目を輝かせて提案してくる。先週公開されたばかりの話題作が観たいと、映画評論家ばりに熱く語り始める。たまたま佳奈が父親と会う約束している駅には、この近辺でも一番大きな映画館の入ったショッピングモールが隣接しているから、偶然に愛華達も同じ場所に行っていたとしても何ら不自然ではない、はずだ……多分。


 真由の悪ノリについ乗ってしまったことを、愛華は駅前ロータリーの噴水横で深く後悔していた。待ち合わせ場所から眺めていると、ショッピングモールへと続く遊歩道は、開店時刻に合わせて訪れて来た客でいっぱいだった。いくら週末だからって、ここまで混むのは何事かと思っていたが、モールの壁面に下がった大きな垂れ幕を見上げて納得する。人気のアパレルブランドが新店オープンの日だったらしい。オープン記念の目玉商品を求めた客が、エントランスの自動ドアの前に列を成していた。


「何これ、激混みじゃない?」


 今日はあそこに行くのかと、まだ着いたばかりなのに疲れた溜め息を吐いていたら、駅から駆け足で向かってくる集団の中に真由の姿を見つける。改札を出た途端に一斉に走り出す人達に釣られてしまったらしく、ゼーゼーと肩で息をして、愛華の前でへたり込んでしまう。開店告知の垂れ幕を指差して人混みの理由を伝えると、「ああ……」と速攻で理解する。


「妹は?」

「佳奈ちゃんはまだ家に居ると思う。もう少し後で出るって言ってたし」

「なら、どっかでお茶していい? いきなり走らされたから、もう喉カラッカラ……」


 本来の目的の映画館以外には近付きたくないとショッピングモールに入るのは避け、駅の中にある少しレトロな雰囲気の喫茶店へと入る。カランコロンとベルが鳴るドアを抜けて、外の景色がよく見える窓際の席に着いた。

 時間的にはギリギリでモーニングセットが注文できるみたいだったが、愛華も真由も朝ご飯は食べて来ていたから、揃ってドリンクだけを頼んだ。真由はアイスレモンティーで、愛華はオレンジジュースだ。


 相当喉が渇いていたらしく、真由はお冷を一気飲みした後、アイスレモンティーも半分近くを飲み干していた。ようやく落ち着いてから、自分が走らざるを得ない状況になったことを説明し出す。


「改札出たら、後ろからぐいって押されて、そのまま容赦なくダッシュよ。周りが全員走りだすから、ゆっくり歩いてるなんて無理っ……何なの、あれ、怖すぎるんだけど」


 スピードを緩めようとしたら何を言ってるのかも分からない罵声が飛んできたと、眉間を寄せて怯えた顔をする。勢いに圧倒され、ヒールのあるサンダルだろうが本気で走るしか無かった。そこまで必死になるということは、いわゆる転売ヤーとかだろうか。今日の午後にはフリマアプリで戦利品が大量に出回っているのが安易に想像できてしまう。恐ろしい世の中だ。


 駅ビルの二階にある喫茶店の窓からも、さっきまで愛華がいた噴水がよく見える。とっくに開店時刻は過ぎたから、モールの入り口前の行列は消えていて、建物の中では仕入れ人達の戦いが始まっているはずだ。


 佳奈の父親はいつも改札口まで迎えに来てくれるらしいので、もしショッピングモールへ昼ご飯を食べに行くつもりなら、必ず前の遊歩道を通るはずで、そうするとここからでも親子二人の姿を確認できるかもしれない。


「ここ、張り込みに丁度いいじゃん」

「張り込みって……」


 長期戦になるかもと、真由がデザートメニューを開き出す。

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