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第二十話・サンルーム(佳奈ver.)

 リビングから直接行き来できるサンルームは、愛華の母親が亡くなった後に家の面倒を見に来てくれた祖母の為に増築された。高齢の祖母が必要以上に階段の上り下りをしなくて済むよう、洗濯物を干す場として。だから、サンルームなんて言っても、物干し以外には何もなくガランとしている。


 風がよく通るように窓を開けてから、佳奈は洗濯カゴで運んで来た洗濯物を一枚ずつ干していく。ガラス張りの空間は、日の光をたっぷりと蓄えていて温室状態だ。薄手の衣類がほとんどだから、今日もあっという間に乾いてくれるだろう。昨日着ていた体育着とハチマキが、吹き込んでくる風に揺られていた。


 ケージの中では遊び足りない子猫が、かしかしと格子を前足で掻きながら「みーみー」鳴いている。カゴを洗面所に戻してきた後、ケージの入り口を開けてあげると、クルミは勢いよく外へ飛び出した。少しくらいの段差なら、もう軽く飛び越えるようになった。行動範囲もかなり広くなり、すぐに足に纏わり付いてくるので、いつか踏んでしまわないかとハラハラする。以前の段ボール箱も簡単に脱出できるようになった後は、畳んで資源ごみとして処分された。


 でもまだ自力ではソファーの上には上がれないから、佳奈のスカートの裾に爪を立ててよじ登ろうとする。


「引っ掻くのは、ダメ」


 腕を伸ばしてクルミを捕まえると、佳奈は膝の上に乗せる。優しく撫でてあげると、ゴロゴロという小さな音が子猫の喉から漏れ出した。


 土曜日が運動会だったから、この週末の学校の宿題は『身体をしっかり休めること』という緩すぎるものしか出なかった。でも塾の方はそうもいかない。学校行事がどんなに重なっていようが、毎回必ず小テストはあるし、点数が悪ければ容赦なく授業後に再テストだ。

 明日の小テストの範囲を確認して、指定のページに並んでいる漢字を覚え直している時だった。夜にしか鳴ることなんて滅多にないスマホが、メッセージの受信を知らせる。


 ――お母さんは仕事中なはずなのに……?


 親との連絡用にしか使うことはないし、その親も今は勤務時間中。何より、柚月はメッセージを送るなんてまどろっこしいことはせず、いつも直接に電話してくる。もし愛華が掛けてくるとしたら、外出時も持ち歩くようにしているジュニア携帯の方。姉はスマホがWi-Fi専用なのは知っているからだ。かと言って、まだ微妙な距離感のある新しい父親が佳奈に直接連絡してくるような用事があるとも思えない。

 となると、メッセージを送ってくるような相手は一人しか思いつかない。


 アプリを開く前から、佳奈の気分がずんと重くなる。すごく複雑な感情が重なり合って、自分でもよく分からない。プラスとマイナスの気持ちが絡み合っているから、言葉で言い表すのは難しい。


 ――そっか、今週だったの忘れてた……


 時間と待ち合わせ場所の書かれた短いメッセージは、佳奈の実の父親からだ。三ヶ月に一度の父娘の面会日のことは、母親の再婚や引っ越し、転勤なんかのバタバタですっかり頭から抜け落ちていた。

 新しい父親が出来たからといって、実父との親子関係がなくなった訳じゃない。


 小学校の入学を前に離婚してしまった両親。当時の佳奈はまだ幼過ぎて、父親と一緒に住んでいた頃のことで覚えていることは少ない。

 定期的な面会も、美味しい物が食べられて、お小遣いも貰えるから、最初は凄く楽しみにしていたような気もする。でも、何回か繰り返しているうちに、最近ではそこに複雑な感情が混ざりつつあった。


 きっちり三ヶ月ごとの実父からの連絡は、会うことを本当に望んで送られてきているのだろうか? という疑問が芽生え始めていた。面会の日以外のことでは一切連絡ないのはきっとそういうことなんだ、と。もし父親としての義務で会っているのなら、佳奈という存在は父親にとってはもうただの負担でしかない。娘が成人するまで、これをあと何回繰り返すつもりなのだろう。


「次の土曜、お昼ご飯は要らない」


 夕ご飯の時に、しじみ入りお味噌汁の入ったお椀を愛華から受け取りながら言う。佳奈は温かい味噌汁をこぼさないよう慎重に運び終えると、いつもの自分の席に着いた。


「あれ、今週の土曜って模試の日だっけ?」


 カウンターに置かれた卓上カレンダーを確認して、愛華が聞き返す。それにはううん、と首を横に振り、少し言い辛そうに口にする。


「お父さんとの、面会日だから」

「ああ」


 佳奈が別れた父と定期的に会っているのは愛華と修司にも伝えてある。離婚が虐待やDVが原因という訳ではないのだから、生きているのなら幾らでも会えばいいと新しい父と姉は言ってくれていた。だって、愛華はどんなに願っても、母親とは二度と会うことは叶わないのだから、と。


「分かった。もし遅くなるようなら連絡してね」


 言いながら、愛華は忘れないようにとカレンダーに『かな 昼ご飯×』と書き込んでいた。

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