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第二話・新しい家族

 修司の再婚相手である柚月(旧姓:加納)と、その娘である佳奈。二人が横山家へと引っ越して来たのは、三月末日のよく晴れた日の昼過ぎだった。その日は朝から修司が家の中をむやみにウロウロして落ち着かず、掃除の邪魔だと幾度となく娘から煙たがられ叱られていた。


 中型トラックに積まれてきた荷物は、引っ越し業者によって主に二階へと運び込まれる。柚月の物は修司の寝室へ、佳奈の荷物はこれまでずっと空き部屋になっていた五畳の洋室へと。


「ごめんなさいね。越してくる前に一度くらいお掃除しに来たかったんだけど、年度末でなかなか休みが取れなくって……全部、愛華ちゃんに任せきりになっちゃって申し訳ないわ」


 新しく母になった柚月は、普段はほんわかとした控えめな女性だ。アーチ型の眉に優しそうな瞳で、ナチュラルメイクに飾り気の少ない服装は家庭的な印象を与える。

 でも、大手化粧品メーカーで美容部員を指導するトレーナー職だと聞いた時は、正直その意外性に驚いた。しかし、言われて見ればシミも無く張りのある肌と整えられた眉はよく手入れされていて、三十代後半で小学生の子供がいるとは思えない程に若々しい。


 再婚が決まってから二度ほど四人で食事することがあったが、仕事帰りにフルメイクで髪もアップにし、スーツ姿の彼女はクールビューティと呼んでもいいくらい、全く別人のようだった。間違いなく、修司はそのギャップに惚れたんだろう。基本的に父は単純なのだ。

 逆に、成人した娘がいる修司のどこが良かったのかを柚月の方に聞いてみたいくらいだ。どこにでもいそうな平凡な中年親父のどこに惹かれる要素があったのか。娘の愛華から見ると、父は優しいという以外の取り柄は無いように思えるのだが。


「佳奈ちゃんの部屋、あそこで良かったかな? 狭ければ一階の和室もあるんだけど、あっちは隣が仏間になってるからなぁ……」

「ううん、大丈夫です。前の家も同じくらいだったから」


 明日から六年生になるという佳奈は、背負っていたパステルブルーのリュックから読みかけの本を取り出しながら、感情の薄い声で新しい父へと答える。引っ越し業者が帰った後、とりあえず一息しようとリビングに揃ってみたものの、愛華が用意した麦茶のグラスには手を伸ばそうともしない。佳奈はソファーに座って、本のページを黙って捲っている。


 愛華もソファー下のカーペットに直に座り込んで家族の輪に加わってみたが、いまいち落ち着かない。昨日までは他人だった二組が籍を入れて一緒に住むことになったからと、急に盛り上がれる訳がない。しばらくの間、ぎこちない空気がリビング中に漂っていた。

 そんな中、新しい母が実娘に向かってハッと思いついた表情になる。


「あ、そうだわ、佳奈。春休みの間に、一度は通学路の確認をしておきなさい。迷って新学期から遅刻なんてダメよ」

「うん、分かってる」

「あと、塾の時間も見ておくのよ。乗り換えが増えた分、時間がかかるんだから」


 本から目を離さず頷き返す娘へ、柚月が不安げに眉を寄せている。難しい年頃だから再婚には反対されて当然だと思っていたみたいだが、聞き分けが良すぎる娘は何も言ってはこなかったらしい。


「佳奈ちゃん、こっちの小学校に転校してくるんじゃないんですね?」

「そうなのよ。ギリギリ通学圏だから、遠くはなるけどそのまま通えるの。愛華ちゃんの大学とは真逆の方向でしょ。一人で大丈夫かしら……」


 てっきり自分の母校へ転入するものだと思っていた愛華は、少し離れて隣に座っている新しい妹のことを見る。前は眉の高さで揃えて、両サイドを編み込んでから後ろで一つに束ねた少し凝った髪型。そのヘアアレンジを普段から自分でやってしまうというのだから、きっと手先の器用な子なのだろう。

 徒歩で通える公立小ではなく、電車通学の国立大附属小の妹は、この歳で既に受験を経験しているというのが信じられない。小中が公立だった愛華は受験なんて高校に入る時まで経験することがなかったのに。


「駅まで行けば、同じ学校の子はいくらでもいるから」

「ああ、附属の子なら毎朝見かけるね、黒色のランドセルだろ」


 心配症らしく、大丈夫かしらと繰り返している母に、佳奈はハァと呆れたように溜め息をついている。修司から同じ駅を利用している生徒が何人もいると聞いて、柚月もようやく安心したみたいだ。



 再婚の時期を子供達の進級や進学に合わせたせいで、新しい母は引っ越しの翌日にも関わらず朝から慌ただしかった。年度が替われば新しい社員が入ってくる。その指導の中心となるトレーナー職の柚月にとって、今は一年で一番忙しい季節。佳奈が塾の春期講習へ持っていくお弁当だけを作ると、朝食代わりにカフェオレを飲んでから洗い物を食洗機へ放り込むのが精一杯。

 洗濯は夜のうちに済ませて、朝ご飯にはパンを買い置いている。どうやらこれが母子家庭だった加納家流らしいが、父子家庭だった横山家も似たようなものだ。


「おはよう。ごめんなさい、行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」


 部屋着で頭に寝癖を付けた夫と顔を合わせると、新婚の同居後初めての朝とは思えないほど呆気なく家を出ていく。昨日とはうって変わった隙のない完璧な化粧を施した新妻の後ろ姿を、修司は優しい目で見送っていた。彼女のあの頑張りを知っているからこそ、第二の人生を共に添い遂げようと決めたのだろう。

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