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第十六話・運動会

 焼き上がったばかりの卵焼きの端っこを、愛華は行儀悪く手で摘まんで味見してみる。出汁も効いていて、きっとオニギリによく合うはずだ。前日から漬け込んでおいた鶏肉に衣をつけて、熱した油でじっくりと揚げる。ベーコンを巻いたアスパラガスと、彩り担当のブロッコリーとミニトマト。ポテトなどを隙間に詰め込んでから、俵型に握ったオニギリに海苔を巻いていく。鮭フレークやフリカケ、天かすを混ぜ込んだものと、塩握りに具を入れたもの。四個のオニギリは全部が味も見た目も違うから、一つくらいは妹の好きな物が入っていれば良いのだけれど。


 今日は一部の委員会に属する六年生だけがお弁当だと聞いたので、あまり張り切らない無難な内容。それでもひっそりとタコさんウインナーは忍ばせてみた。以前にキャラ弁は恥ずかしいと言い張っていた佳奈への唯一の挑発だ。


 午前と午後用の水筒2本と一緒に、佳奈はお弁当をリュックへと詰めていった。今日は制服ではなく体育着にカラー帽子での登校らしく、普段よりも身軽そうだった。


「頑張ってね、委員長!」


 出掛けていく妹を玄関まで見送って、笑顔で手を振る。それには黙って頷き返してきた佳奈だったが、やっぱり元気が無い。応援に来てくれると思っていた母親はまだ仕事中で、今から出たとしても運動会には絶対に間に合わないのだから当然だ。朝一で電話を掛けてきた柚月に対して、佳奈はほとんど無言を貫いて、相当怒っているようだった。


「――さぁて。私も準備しよっと」


 洗い物は食洗機と洗濯機に丸投げして、愛華はリビングにある引き出しからビデオカメラを取り出した。充電しながらちゃんと動くかどうかを確認して、他に必要な物を探し集める。


 愛華が見に行ったところで佳奈が喜ぶとは思っていない。でも、今日の為に頑張って用意したり練習してきた成果を、家族の誰も見てくれないのはあまりにも可哀そう過ぎる。だから、佳奈には内緒で愛華は密かに計画を企てていた。


「この駅で降りるのすら、中学の卒業以来だわ。めっちゃ懐かしいー」


 全然変わってなくて笑える、と妙にテンションが上がった真由と待ち合わせしたのは、佳奈の通う小学校の最寄り駅。午前の部の低学年の保護者らしき一行と入れ違いで、学校へ向かう通学路を歩いている。


「ごめんね、真由まで付き合わせちゃって。よく考えたら、小学校の場所とかイマイチよく分かんなかったんだよね……」

「いいよいいよ。今日はちょうど暇してたし」


 地図アプリで学校周辺を検索してみたら、あまりにも敷地が広すぎる上に門が沢山あって、どれが案内プリントに書いてあった正門なのかが分からなかった。同じ敷地内に、幼稚園から中学校まであるらしいのだが……。

 で、卒業生である真由に連絡して問い合わせてみたところ、「一緒に行こうか?」と言ってくれたのだ。


「あ、名札は見つかった?」

「うん、リビングの引き出しにあった。これが無いと入れないんだ?」


 入学時に各家庭に二個ずつ配布されるという保護者用の名札。首から下げるタイプで、学年ごとに紐の色が違うらしい。今の六年生は赤が学年カラーらしく、同じ電車から降りて来た保護者の何人かも同じ色の名札を歩きながら首に下げていた。

 家から持って来た名札の1個を真由にも渡して、愛華も自分の首に掛ける。


「門に守衛さんが立ってくれてるからね。――ふーん、佳奈ちゃんっていうんだね、妹。苗字は変わってないんだ?」


 受け取った名札に書かれている生徒氏名は『加納佳奈』。親が再婚する前の苗字のままだ。とっくに戸籍上は愛華と同じ横山姓になっているけれど、名札は入学時に貰った時から更新されていない。


「一応、学年が変わるタイミングで学校には変更してもらってるはずなんだけどね。残り一年だし、今は持ち物の記名とかもごちゃ混ぜになってるみたい」


 愛華自身は住所も名前も何も変わっていないが、親の再婚によって佳奈がいろんなところで面倒な思いをしているんだと今改めて気付かされる。それでも、転勤以外のことでは文句も言わず、黙って受け入れようとする妹は、もしかすると自分よりもずっと大人なのかもしれない。


 名札のおかげで難なく正門のチェックを抜けると、真由の案内で校舎をぐるりと回ってからグラウンドへ向かう。四年前まで十二年間も通い続けていた場所を懐かしそうに見回しながら、真由は周辺を指差して説明してくれる。


「小学校のグラウンドも一応はあるんだけど、そっちは狭いから運動会とかは中学のを使うんだよね。あ、テニスコートの向こうにあるのが幼稚園。私の十二年コースはあそこから始まった」

「佳奈ちゃんは小学校受験だって言ってたかな」

「じゃあ、あそこには通ってないんだ。小学校は外部と内部が半々くらいだしね」


 ついさっき午前の部が終わったところらしく、グラウンドには児童の姿はまばらだ。兄弟がいて午前と午後を跨いでしまう保護者達が隅の日陰にビニールシートを敷いてお弁当を食べている。体育着姿で走り回っているのは、上に兄姉がいる子達なのだろう。さすがに六年生の佳奈に比べたら、低学年はかなり小さく感じる。


「本部テントにいるのは体育委員と放送委員かな。妹もいるんじゃない?」


 観覧スペースの空いているところにビニールシートを敷きながら、テントが立ち並んだ中央に視線を送る。長テーブルとパイプ椅子が設置された本部テントには、背の高い高学年の子達が集まって、ジャージ姿の男性教師と打ち合わせしているところだった。その中に、他の子達よりは少し小柄な佳奈がプログラムを片手に何か話している姿があった。


「あ、佳奈ちゃんだ」

「私も知り合い見っけた。あれ、元担任だ」


 まだ居たんだ、と真由が嬉しそうに笑っている。二人が見ている内に本部テントにいた生徒達は一旦校舎の方へ戻って行ったので、そろそろ高学年の登校時間が近付いてきたのだろう。観覧スペースも愛華達が着いた時と比べると随分とシートで埋め尽くされて、立ち見するつもりの保護者で入場門周辺には壁が出来ている。


 家では必要以上には喋ることの少ない佳奈が、学校ではグループの中心になって積極的に話しているのが意外だった。委員長も無理矢理やらされてるんじゃないかと心配していたけれど、それは杞憂に終わったようだ。


 妹の雄姿を少しも逃さず全部撮影して帰るつもりで、愛華はビデオカメラをバッグから取り出した。

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