思いやりという感情の話①
言葉には力が宿る。ヒトの名前も例外じゃない。
強い願いを込められた名は、相応の強い力を宿すものだ。
光星空、私の弟子の名前だ。
あんまり綺麗で澄んだ名前をしているから、知った時には圧倒された。その名前の力の強さに。
彼は、星空の力を引き出すことに長けている。まぁ、本人は気付いていないだろうけど。
「教えてないけど、飛べるんじゃないか……?」
カウンターで肘をつきぼんやりとしていた私は、そのことに気付いて呟いた。
呟いたらそれは確信に変わった。そうだ、飛べないわけがない。彼は『空』なんだから。
そうなれば、必要なのは飛ぶための道具。空には何が似合うだろうか。
マントか、絨毯か、ハネか……
空は魔法使いに憧れているんだから、ここは箒を用意すべきだろう。ニホンでは、魔法使いは箒に跨るのが定番らしいからね。
「シュヴァルツ、久しぶりだね」
ベルが鳴り、ドアが開いた。
銀の髪を揺らしながらやって来たのは、エルフの男性、グリムニル。私は彼をニールと呼んでいる。
「ああ。ニール、いらっしゃい」
古い友人だ。星降堂が、エルフが住むこの世界を選ぶ度、毎回星降堂に立ち寄ってくれる常連客だ。
かつて先生と共に宮廷魔導師をしていた彼は、私にとても良くしてくれる。まるで兄のように。
「何を悩んでいるんだい?」
ニールに問われ、私は肘をついたまま口を開く。
「弟子の空に、飛行用の箒か何かつくってあげようかと思って」
その一言で、たちまちニールの顔が驚きの黄色で彩られた。
ああ、空がいることが当たり前になっていた。何も知らないニールに、うちの弟子に箒を、だなんて言えば驚くに決まってる。
「君が、弟子を? 君が?」
「ニール、視界がうるさい」
視界は一面真っ黄色。大きすぎる驚きの色が目に痛い。
読心の術を無理矢理切って、ようやく視界は良好になった。ニールのニヤニヤした含み笑いが不愉快だ。
「シュヴァルツ、あれだけ弟子は取りたくないと言ってたじゃないか」
「60年前だったか。確かに言ったね」
「それなのに、どういう風の吹き回しだい?」
「……別にいいだろう」
「あっはは。拗ねなくてもいいのに。
で、ソラ、だっけ? 君の愛弟子は何処に?」
愛弟子……愛弟子……ねぇ……まぁ、否定はしないけど。
ニールは私にとって兄のようなヒトだから、どれだけからかわれても反抗できない。悔しい。
ニールが嬉々とした目で私を見てくる。紹介しないとダメなんだろうなぁ。
「わかった。呼んでくるよ」
私は売り場を離れ、空の部屋へと向かう。
ドアの向こうからは宝石の囁き声が聞こえてきた。多分、空が意思の宝石を出して眺めているんだろう。
「空、起きているかい?」
とりあえず、声をかける。
すぐにドアが開いて、空が顔を出した。
「おはようございます」
「おはよう」
服はすっかり着替えているし、顔もしゃんとしている。身支度はできているみたいだね。
「さっそくで悪いんだけど、常連客が来ててね、空を紹介したいんだ」
空は首を傾げた。
少しだけ感情を見る。灰色がかった緑色。疑問の色と少しの期待。星降堂に常連客は珍しいからね。
「長く店をやっているとね、とんでもなく長生きなお客様と出会うことがある。くり返し同じ世界に訪れていると、常連客になってくれることがあるのさ」
とはいえ、ニールは私の古い知り合いだから、ちょっと事情は違うけど。
空の頭に残っていた寝ぐせを魔法で直してやってから、空をニールに引き会わせる。
「こんばんは。君が空だね」
「こんばんは」
空はお辞儀をしながら、ニールをじぃっと見ていた。
空にとってエルフは珍しいだろう。なにせニホンからやって来たのだから。
空がニールと話す度、感情が揺らめいて色んな色を咲かせる。前は煩わしいと思っていたけれど、空の感情の色はどれも綺麗なものだ。
つい、見とれていると。
「しかし、シュヴァルツが弟子をとるとはねぇ」
……ニールがニヤニヤ笑いでそう言ってきた。
「ニール、そう茶化すのはやめて。そもそも空に私の名前教えてないんだけど」
自分の名前を明かすのは苦手なのに。ニールもそれを知ってるだろうに。
「魔女さん、名前あったんですね」
空まで失礼なことを言う。
見下ろすと、空は少しだけ嬉しそうに桜色の光を散らして笑顔を浮かべた。なんか……なんか、気に入らない……
「失礼だね。空が聞いてこなかったから言わなかっただけだよ」
ああ、全く、大人気ないね、私は。つい冷たい口調で言ってしまった。でも、先生がつけてくれた名前を呼ばれるのはね、ちょっと複雑なんだよ。
空は理不尽を感じているだろう。赤色の棘がちらりと視界を舞う。
でも……私は、
「悪くない」
「頭、のぞかないでくださいよ……」
そんなやり取りがおかしいのだろう。ニールはカラカラと笑って、私達弟子のやり取りを見ていた。
調子が狂う。ニールに空を紹介したのは間違いだったかもしれない。からかわれ笑われるなんて、思ってなかった。
「それより、ニール。今日は何を買いに来たんだい」
咳払いして、ニールに尋ねる。流石に、私を茶化すために来たわけじゃないだろう。
ニールは魔法具を見回してこう言った。
「もうすぐ母の二千歳の誕生日だからね。プレゼントを買いに来たんだ」
ちらりと窓の外を見る。いわし雲が、青い空を泳いでいる。
「ああ、この世界ではそんな季節なんだね」
「毎年、食べ物なんかを贈っていたけど、母は二千歳だからね、大概のものは知り尽くしてしまっているから、たまには魔法具を贈ろうかと思ったんだ」
そう言われても、難しいな。
ニールのお母様は、高齢なエルフだ。千年生きた先生より、うんと長生きをしてる。あまりお会いしたことはないけれど、私なんかよりもずっと多くの物を知っているはず。
「しかし、魔法使いの君のお母様だろう。大概の魔法は使えるだろうし、今さら魔法具というのも……」
「うーん……異世界を渡る星降堂なら、面白い魔法があるかなと思ったけどね」
「ないない。私の浅い魔法使い歴じゃ、君のお母様を驚かせるようなことはできないよ」
私はゆっくりと首を振った。
そう話している間に、空は立て看板を店の外へ出しに行った。拗ねてるみたいだ。うーん、申し訳ないことをしたな……




