愛情という感情の話③
「タク、その歳で子供に声を荒らげるなんて、みっともないじゃないか」
私はすっかり呆れてしまって、タクの頭を指差した。私の周りを旋回していた星屑の内一つは、タクの頭に軽くぶつかり、カウンターに落ちて転がった。
「あと、空も。いつもの君らしくないよ。ちょっと落ち着きなさい」
残ったもう一つの星屑を空に飛ばす。空の額にぶつかった星屑は、床に落ちて転がった。
二人は、星屑がぶつかった箇所を片手でなでながら、私を不満の目で見つめる。
全く……喧嘩を見せつけられる私の気にもなってくれないか。
二人には頭を冷やしてもらわなきゃならないけど、さて、どうしようか。
「店は閉めてしまったけど、夜はまだまだ長いから……そうだね、空、一つ頼まれてくれるかい?」
私は、適当な仕事を空に預けることにした。
壊れた魔法具が入っているバスケット。それをカウンターの下から出して空を手招きした。
「これの材料が足りないから、夢渡りの扉をくぐって、材料調達してくれないか?」
空に見せたのは、手のひらサイズの水晶の玉。中には一輪の花が封じ込められている。
「これは、『清かな花水晶』。中の花が見えるかい?」
「はい。見えます」
空は花水晶を覗き込む。水晶にはヒビが入り、中の花びらは全て散ってしまって、バラバラになった状態で水晶の中に閉じ込められていた。
「これと同じ花を詰んできてほしい。一輪だけでいい。けど、一番綺麗なものを頼むよ」
「わかりました」
空は早速準備をし始めた。ショルダーバッグの中に、星屑のカンテラと魔法のマッチ、そしてニワトコの杖を詰め込んで、ショルダーバッグを肩に引っ掛けて店の奥へと向かっていく。
「気をつけるんだよ。必ず一時間以内に戻ってくるように」
「はい。行ってきます」
空はちらりと振り返り、私に手を振って階段を駆け上がる。
「やっぱり空はいい子だね」
タクにも私にも、言いたいことが色々あるだろうに、我慢することを選んでくれた。
「それにひきかえ、全く君は……」
タクはすっかりバツが悪そうな顔をしている。
「……ごめん。悪かった」
青い靄がうっすらと視界を覆う。タクの寂しさとか悲しみとかが、私の視界に現れているんだ。
その青の中に、紫の斑が散りばめられる。これは……焦り……?
「なあ、シュー」
タクは口を開く。
「前回の答え、聞かせてくれないか」
私を愛称で呼ぶのはタクだけだ。私は、そのくらい彼に気を許している。
だけど、タクの気持ちに、私は応えられないでいる。
✩.*˚
タクと初めて出会ったのは、私がまだ若かった頃。先生を生き返らせるという目標を掲げて、間もない頃だった。
星降堂が、この世界を選んで数日経った頃に、タクは店を訪れた。
彼は、ハーフエルフ四人で構成されたパーティの中リーダーだった。私は、彼ほどに頼りないリーダーはなかなかいないなと思ったんだ、その時は。
だって、バカだしね。
ちょっと頭が足りないんだ。魔物はただ殴ればいいと思っている節があるし、エルフの血が流れているのに、魔法が苦手。唯一使えるのは、炎を出す魔法だけ。
だけど、みんなから愛される才能に優れていて、彼を慕うヒトは多かった。
だから、最初私に告白してきた時は、みんなから囃し立てられていたものさ。
それを何度も私はのらりくらりかわして、最初の出会いはそれで終わり。
その十年後に、またこの世界にやって来た時。
タクはまた私を口説きに来た。
懲りないヒトだと思ったよ。その時ははっきり断ったのに、タクは「お前が折れるまで、何度も店に通うから」なんて。
だいたい十年に一度、星降堂がこの世界を選ぶ度、タクはやってきて私を口説く。私はそれをのらりくらりとかわして、彼が諦めてくれるのを待つというのが、決まったやり取り。
タクはバカだし、諦めるということを知らないらしい。
そのやり取りを楽しみにしてる私も、相当なバカだなぁと心底思う。
どうせ今回も、のらりくらりかわすのに。
✩.*˚
「前回の……?」
覚えてる。
前回、付き合うという過程をすっ飛ばして、プロポーズされたんだった。
「次回に持ち越すって、お前が言ったんだからな」
……それは忘れてた。
タクは身を乗り出して、カウンターに両手をつく。そして私に顔を近付けて、口付けしようとして。
私はそれを指で押し返した。
「私は君に相応しくないよ」
いつもの台詞を呟く。いつものように、笑ってみせる。
タクは深くため息をついて、カウンターに突っ伏した。
「……魔法使と僧侶、覚えてるだろ」
彼の仲間のハーフエルフの名前だ。会ったこともあるし、ちゃんと覚えている。
「あいつら、結婚した」
「よかったじゃないか。おめでとう」
ならお祝いをしてあげようか。
花瓶から枯れない花と宝石が実った小枝を数本見繕い、花束にしてリボンで飾りつける。
「盗人は、ダンジョンで会ったダムピールと結婚したし……」
「めでたいねぇ」
同じように、枯れない花と宝石の枝で、もう一束作り飾り付ける。
「俺らだってさ、そろそろいいじゃねぇか」
手が止まる。
タクは私の気持ちに気付いている。だから、交際という過程を飛ばして、プロポーズしてくるんだ。
私もね、人並みの幸せってものに、興味が無いわけじゃないんだ。だけど、私が幸せになってはいけない気がして、踏ん切りがつかないでいる。
だって私は、先生の命を奪っているんだから。
許されないことを、してしまっているんだから。