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第8話 医者メディック・ドトーレ

 次の日、私の部屋にメディックさんがやってきた。


「ククク、おはようございます」


「おはようございます……」


 クククと笑いながら、好奇心を隠さない目で、私を見てくる。


「ニーシャさん、今日は私の“診察室”に来てもらいましょうか」


「はい……」


 メディックさんは背が高いが、体は細い。ひょろっとした細長いシルエットに、私もついていく。


 宮廷内にある、彼の“診察室”はこざっぱりとした部屋だった。

 本棚には本がぎっしり。おそらく医学書の類だろうか。


「ようこそ、私の部屋しろへ……」


「どうも……」


 自分の部屋を“城”と称するあたり、期待を裏切らない人だわ。

 ジロジロと私を見てくる。

 ちょっと怖いけど、いやらしい感じはしない。


「あなたのことは聞いていますよ。あの悪名高いヘドロ川で何年も生き延び、体に毒を得たと……実に興味深い。色々話を聞かせてくれますね?」


「はい……」


 向かい合って椅子に座ると、当時のことについて、根掘り葉掘り聞かれた。

 嫌な思い出を掘り起こしてくるが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 この人は私に嫌悪などはなく、好奇しかないからだというのが分かるから。

 なんていうか、生き物全てに興味があるんだろうな、というのはなんとなく想像がついた。


「じゃ、とりあえずこの紙を指でさわって下さい」


 白い紙切れを手渡される。

 私がさわると、黒く変色した。

 途端にメディックさんが狂喜する。


「これはすごい! こんな色になるのは初めてだ! 面白い、面白い、面白い!」


 手を叩いて喜んでいる。ちょっとムゾンを思い出すリアクションだ。

 と思ったら、なにやらビンに入った赤色の液体を私に差し出してきた。


「これ、飲んで下さい」


「なんですか、これ?」


「どんな毒にも耐え抜いたあなたが、今更私なんかの薬が怖いのですか?」


 挑発のような言葉。

 この毒まみれの体に誇りがあるわけじゃないけど、ちょっとムッとしてしまう。

 いいわよ、飲んでやろうじゃない。


「飲みます!」


 ビンをひったくって、私は一気飲みしてやった。


「どうです?」


「おお、おお。素晴らしい」


 メディックさんは喜んでいる。


「いかがですか、お味は……」


「苦かったですね」


「古来より『苦い薬はよい薬』なんていう言葉もありますからねぇ」


 そんな言葉があるんだ。

 なんだか、苦い薬を嫌がる患者を騙すための言葉のような気もするけど。


「じゃあ、次はこれ」


 黄色い薬を出された。

 私はためらわず飲む。


「……すっぱい」


「なるほどなるほど、味覚は正常なようだ」


 なにやらせわしなくメモを走らせている。


「じゃあ、これ」


 今度は青い液体だった。

 私は一息に飲んでやった。


「甘いですね……」


「ククク、甘い……ね。これはどうも」


 これで三種類の薬を飲まされたわけだが、一体どんな意味があるのか。

 私には見当もつかない。


「メディックさんはどうしてお医者さんに?」


「ククク、知りたいですか?」


「ええ、まあ」


 私ばかり薬を飲まされ、色々と調査されるのは癪だから、私からも質問してみることにする。


「私は子供の頃から人の体に興味がありましてね。自分の体も他人の体もよく眺めたものです」


 子供の頃から今みたいだったのね、と少し呆れた。

 そんな性格だからもちろんメディックさんは医者になったのだけど――


「腕はよかったつもりです。しかし、なぜか薄気味悪い医者だと評判が悪く、患者が寄りつきませんでした」


 そりゃそうでしょうよ。自覚がないのかしら。


「そんな時、まだ皇太子だった陛下にスカウトされた……そんな感じですかね」


「なるほど……」


 私のことといい、ジェラルド様は変わり者をスカウトするのが好きなのかも。

 その時だった。


 突然、気分が悪くなってきた。

 体の中が焼けるように熱い。


「うっ……! うああっ……! うぐうっ……!?」


 私がうめくと、メディックさんが笑い始めた。


「おお、おお、効いてきたようですねえ!」


「な、なにが……!?」


「今、どんな気持ちです!?」


「気持ち……悪い……!」


「もっと具体的に!」


「吐きたい……!」


「それですよ! それを待っていたんです! ささ、この中へどうぞ!」


 金属製のバケツを私の前に置いた。

 胸のあたりから何かがこみ上げてくる。

 本当に気持ち悪い。

 私はこみ上げてきた“それ”をバケツの中に吐いた。


「……!」


 お芋ほどの大きさの、どす黒い塊だった。

 異臭もすごいし、見るだけで気分が悪くなる。


「素晴らしいです! まさに期待通り!」


「なんなんです、これ……?」


「あなたの体内に眠る毒がどんなものか知りたくて、薬を使って吐き出させたというわけです。これでまた新しい研究ができる! ククク、ありがとうございます!」


 こっちは壮絶な不快感を味わったのに、笑っている。

 本当に研究対象としか見てないんだわ、私を。

 この人を毒でどうにかしたいとは流石に思わないけど、少し腹が立った。

 私が睨むと、メディックさんはクククと笑う。


「じゃ、もう一度、この紙をさわってみて下さい」


 さっきの白い紙切れを手渡される。

 黒く変色した。さっきと全く同じだ。


「ふ~む……」


 珍しくメディックさんが真顔になった。

 だけど、すぐに元に戻る。


「面白い面白い! じゃ、今日のところはここまでにしましょうか! 私の知的好奇心を満たす実験は!」


「はぁ……」


 結局この人は何がしたかったんだろう。


 変な薬を飲まされ、変な話をして、どす黒い変な物を吐き出しただけの一日だった。

 だけど、これがきっと医学の発展とやらに役立つのだろう。

 そう思うと、少し誇らしい気分でもあった。

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