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第7話 三人の従者

 侍女になって数日が経った。

 ジェラルド様を取り巻く情勢もだいたい把握してきた。


 先代の皇帝が早くに亡くなってしまい、ジェラルド様はまだ10代なのに若くして皇帝の座についた。

 だが、このレグロア帝国も一枚岩ではない。ジェラルド様の若さ、経験の浅さに付け込んで、力の強い貴族はその権威を削り落とそうと企んでいる。ムゾンもその一人で、そういった一派の中心人物だ。

 だから、私を暗殺者として差し向けたのだろう。

 結果は失敗。私はジェラルド様に全てを話したけど、私の話だけじゃあいつを倒せないのは先にあった通り。

 現状、ジェラルド様はとにかく政務に励み、実績を積んで信頼を勝ち取っていくしかない。

 地道な積み重ねが必要になる。


 それに内憂があれば外患もある。

 西方にある隣国のイブル王国が、レグロアに野心を持っているのだという。先代皇帝がいた時は手を出してこなかったけど、ジェラルド様が皇帝になって、今の帝国は足並みが揃っていない状態だ。外交で強硬な姿勢を示し、場合によっては武力で訴えてくることもあり得る。

 だからなおさら気を抜けないのだ。


 夜会でジェラルド様を初めて見た時は、何もかも持ってる苦労知らずの皇帝、だなんて思ったけど、とんでもなかった。ジェラルド様も重い荷物を背負っているんだ。私なんかよりずっと。


 というわけで、私がジェラルド様と出会える時間はほとんどない。

 事情を知ってしまうと、それも仕方ないと思ってしまう。

 肩書きこそ“侍女”だけど侍女としてできることはほとんどなく、私は自室で一人で過ごすしかなかった。


 読書をしたり、毒の訓練をしたり……あ、毒の訓練といっても、抑える訓練だけどね。

 もしも毒を完璧に制御できるようになったら、私もお城の人たちともっと仲良くできると思うから。


「ん~……」


 体の中に宿る毒を懸命に抑え込む。外に出るなと意識を集中する。

 その辺に置いてある紙に手で触れてみる。わずかに変色した。

 ダメだ、毒をゼロにできていない。

 これができなきゃ、私は他の人にさわることはできない。もちろん、ジェラルド様にも……。



***



 ある朝、私はジェラルド様から呼び出しを受けた。場所は城内の一室。


「おはよう、ニーシャ」


「おはようございます!」


 私は張り切って挨拶してしまう。


「宮廷生活にはもう慣れた?」


「ええ、おかげさまで……」


「それはよかった」


 ジェラルド様が微笑んでくれた。とても嬉しかった。


「しかし、今の状態だと君も退屈だろう」


「いえ、そんな……満足してます」


 とは言ったけど、退屈さを感じていたのは事実だった。

 ムゾンの屋敷に閉じ込められていた時は、良くも悪くも刺激には困らなかったから。


「実は私には三人の従者がいてね」


「従者……?」


「ああ、私との付き合いも長い。皇太子時代からの縁だ」


 “付き合いも長い”という言葉が心にチクリとした。

 その三人にちょっとしたジェラシーまで覚えてしまう。

 そんな自分の思い上がりも恥ずかしかった。


「その三人が君に興味があるというんだ。今から紹介する。入ってきてくれ」


 三人の男女が部屋に入ってきた。

 ジェラルド様が認める従者らしく、みんな立派な身なりをしている。

 順々に挨拶を始める。


「メディック・ドトーレと申します」


 一人目はメディックという銀髪で白衣を着た男だった。

 色白で整った顔立ちをしているけど、どこか不気味な印象も受ける。まあ、不気味だなんて私が言える言葉じゃないけど。

 年は20代はいってそう。私やジェラルド様より年上に思えた。


「私は医者をしておりましてね。あなた、毒を摂取して生き永らえた“毒人間”なんですってね? 是非とも興味深い……」


「は、はぁ」


 ねちっこい口調だわ。

 私を興味深そうに眺めている。


「あなたの体を調べれば医学が飛躍的に発展することは間違いなし! 末長いお付き合いをお願いいたします」


 深く頭を下げるので、私もつられて頭を下げてしまった。


「はーい、あたしはケイティ! ケイティ・ラバンよ!」


 二人目はケイティ、白を基調とした修道服を着ている。

 長い黒髪で、とても上品な顔立ちをしている。年は10代かな。

 そこから大きな声が飛び出してきたからちょっとビックリしてしまった。


「あたしはねー、聖女! これでも聖女なの!」


「聖女様……」


 聖女とは、神からご神託を授かったとされる女性のこと。傷を治したり、汚染された水を清浄にしたり、ちょっとした奇跡を起こせるとも聞く。

 毒まみれの私とは対極だわ。

 しかし、彼女は私がイメージしていた聖女とはずいぶん違う。

 あまりにも元気すぎる。


「あなたがニーシャちゃんね! 皇帝陛下から聞いてた通り、可愛いわ~!」


「か、可愛い……?」


 人懐こい笑顔で顔を寄せてくる。思わず後ずさってしまう。


「もう抱きつきたくなっちゃう!」


「ダ、ダメですよ! 私は毒まみれだから!」


 ジェラルド様が握手しようと言ってきた時も困惑したけど、それ以上だ。


「とにかく! 今日からあたしたちは友達ね! よろしく!」


「よろしくお願いします……」


 強引に友達にされてしまった。

 だけど、悪い気はしなかった。むしろこの強引さが心地よかった。私みたいな人間は、向こうから来てくれないと友達なんて出来っこないから。

 私は思わず、こう漏らした。


「嬉しい……です。友達なんて……初めてだから」


「やだもう! ニーシャちゃん可愛すぎー!」


 キスしそうな勢いで顔を近づけてきたので、慌てて顔を引っ込めた。

 ケイティは不満そうに頬を膨らませた。


「ではボクだね。ボクはクロウ・ラートル!」


 三人目はクロウという男だった。

 彼はなんというか、派手だった。赤、青、黄色の原色まみれの奇抜な服装をしている。

 髪は金髪で、顔もたっぷりメイクがしてあって、素顔がどんなものか想像もつかない。若いとは思うんだけど……。


「ボクはね……道化をやってる」


「道化……?」


 医者や聖女と違い、聞いたことがない職業だった。


「教えよう! 皇帝陛下のおそばにいて、陛下を楽しませるのが仕事なのさ!」


 ああ、なるほど。この派手な服装やメイクの理由も分かった。

 滑稽さでジェラルド様を楽しませるための職業なのね。


「クロウ、さっそく仕事だ。ニーシャを楽しませてくれ」とジェラルド様。


「分かりました!」


 クロウが喋り始める。


「ニーシャちゃん、君は毒を持ってるんだってね? 毒についてボクとドークしないかい?」


「……?」


 いまいちピンとこなかった。

 ジェラルド様も、メディックさんもケイティも、誰も笑っていない。


「あ、今のは“ドク”と“トーク”をかけたギャグでね……」


 説明されても、クスリとも出来ない。

 愛想笑いした方がいいのかすら見当もつかない。

 リアクションに困る、なんてことは初めてだった。


「ハッハッハ、誰も笑わないね。だったらボクだけでも笑おう! 君は毒、ボクは孤独! なんちて!」


 シーンという音が響いた気がした。

 ジェラルド様を見ると、なんともいえない顔をなさっていた。

 「すまん……」という声が聞こえてくるようだ。


「……以上の三人だ。ニーシャ、君さえよければ“三馬鹿”と呼んでくれても結構だ」


「ククク、三馬鹿は酷いですね」

「そうよ! 他二人はともかく、あたしは馬鹿じゃないわ!」

「いやいや、ボクは馬鹿じゃなくてあくまで道化……」


 三人が抗議する。

 が、私の中でこの三人組に対して“三馬鹿”という呼称はあまりにもツボに入ってしまった。

 あまりにもしっくりきすぎてしまったから。


「ぷっ、くくく……三馬鹿……」


 つい失笑してしまう。

 これに対し、三馬鹿……じゃなかった三人は――


「ククク、いいデータが取れましたよ」

「笑ったニーシャちゃんも可愛い!」

「ようやくボクのギャグで笑ってくれたね! 嬉しいよ!」


 三者三様の反応だった。

 とりあえず怒ってなくてホッとする。

 クロウには「あなたのギャグで笑ったわけじゃない」と言いたかったけど。


「明日以降、この三人の遊び相手になってやってくれ。頼んだぞ、ニーシャ」


「分かりました」


 三人が私の――ではなく、私が三人の遊び相手になるのね。

 医者のメディックさん、聖女ケイティ、道化のクロウ。

 私はこの三人とどんな“遊び”をすることになるのだろうか。

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