表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/21

第5話 皇帝陛下の温かい手

「何を言ってるの……?」


 私は皇帝に言葉を返す。


「何度も言わせるなよ。握手をしよう」


「なんでよ!?」


「私は面白いと思った人間とは、必ず握手をすることにしてるんだ。ぜひお前と握手をしたい」


「私はあなたの命を狙ってるのよ」


「そんなことは問題じゃないさ」


 皇帝は笑顔だ。嘘を言ったり、何か策を弄してる様子もない。本当に握手したがってる。


「私に触ったら……死ぬわよ!」


「え?」


 私は何を言ってるんだろう。


「私はね、毒を宿した女なの! 本当よ! あなたなんかちょっと触れただけで殺せるんだから! だからこうして殺しに来たの!」


「なるほど。じゃあ握手しよう」


「話聞いてた!?」


 つい声を荒げてしまう。


「もちろん聞いてた」


「だったらなんで握手するの!?」


「実は皇帝というのも毒物を警戒して、幼い頃から毒に対する耐性をつけるために訓練をしてるんだ。だから耐えられるかもと思ってさ」


 見積もりが甘すぎる。私は食事に混ぜる毒だとか、そんな生易しい毒じゃない。なにしろ十数年、ずっと毒だけを食べて生きてきたんだもの。年季が違う。


「無理よ……死ぬわ」


「その時はその時だ」


「なんで!? あなたは皇帝でしょ!? 自殺するようなことしていいと思ってるの!?」


 殺そうとしている相手に説教までしてしまう。


「よくないが、私は皇帝だ。自国の国民と握手もできないで、なにが皇帝だ?」


 妙な迫力がある言葉だった。


「さあ、握手しよう」


 私は――握手することに決めた。

 ただし、毒を最小限に抑えた状態で。

 だって、殺せるわけがない。

 生まれて初めて、私の素性と毒性を知りつつそれでも「握手しよう」と言ってくれた人間を――


 皇帝の手は温かった。


「本当だ、手がかぶれてきた」


 私の手がじゅくじゅくと皇帝の手を侵食する。

 なのに、皇帝は私の手を離さない。ずっと握ってくれている。なんなのこの人、頭がおかしいの?

 なのに、どうしてなの。

 私の目からは――涙が止まらない。


「うっ、ううっ……うっ……!」


 私の涙は強い毒性を持つ。

 床に落ちるたび、ジュワッと音を立てる。

 先ほどまでは暗殺者気取りだった私だが、すっかり殺意は消え失せていた。

 それどころか握手してもらえたことが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「握手をして、『感激です』なんて言われたことはあったが、さすがに泣かれるのは初めてだな。皇帝冥利に尽きるよ」


 皇帝がおどけてみせる。

 一方、私は観念した。


「私は……あなたを殺しに来ました」


「さっきも聞いたな、それ」


「だけど、もう……殺せません。どうか、私を……殺して下さい」


 皇帝は剣を携えている。剣の心得もありそうだ。無抵抗の私の首を斬るなど造作もないことだろう。

 しかし、皇帝は私の言葉など聞こえていないといった素振りで床を見る。


「涙で、床がえぐれてる。本当に毒人間なんだな」


 皇帝が何やら考え込む。そして、言った。


「そうだお前、私の侍女にならないか?」


「へ?」


 私は素っ頓狂な声を上げてしまう。この人は何を言ってるんだろう。


「侍女というのは、誰かに仕えて身の回りの世話をする女性のことで……」


「それぐらい知ってます! なんで私なんかを……」


「毒人間なんて面白いし、しばらく傍に置くのも悪くない、と思ってさ」


「ちょっと待って下さい! 私はあなたを殺そうとして……!」


「しかし、殺せなくなったんだろう?」


「それはそうですけど……」


「だったら侍女になれ。別に何かを求めるわけじゃない。国で一番偉い人間が面白がって、せっかくだから宮殿暮らしをしろと言ってるだけだ。気楽だろう?」


「はい……」


 いつの間にか皇帝のペースに乗せられている私がいる。


「決まりだな。今からお前……いや、君は私の侍女だ。よろしく頼む」


「はい……!」


 この瞬間から、私にとって皇帝は“ジェラルド様”になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ