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第20話 “生みの親”との再会

 私とジェラルド様は婚約してしまった。

 あらゆる意味で“してしまった”という表現が正しい婚約だろう。


 だけど、不思議と周囲から「なんであんな女が」という意見は出なかった。

 もちろん、表立ってそんなことは言えないということもあるだろうけど、ジェラルド様と私が並んだ姿が非常に絵になっていたから――だそうだ。

 長身ですらりとしたジェラルド様と、背が低く発育も満足にしてなくてみすぼらしい私。

 絵になるかなぁ、とも思ったが、このミスマッチがかえって凸凹コンビという感じの愛嬌を生んでるのかも。

 とりあえず、素直に喜んでおくことにする。


 婚約から二週間余り。


 私の寝室に、ジェラルド様がやってきた。


 お顔には曇りが見え、いつになく深刻な顔をしている。

 私も心配になってしまう。何があったのかしら。


「どうなさいました?」


「実は、君に内緒で密かに捜査を進めていたことがあった」


 何を捜査していたんだろう。

 見当もつかない。


「君の実の両親を見つけ出した」


「!!!」


 驚いた。

 本当にうっすらとだけ残る両親の記憶。


『どうする? この子』


『捨てちまおう。俺らで育てられるわけねえよ』


 こんなことを言って、私を汚水まみれのヘドロ川に捨てた両親。


「君に言うべきかは迷った。だが、私たちはすでに婚約者、隠し事はしたくないと思った」


「はい……驚きましたけど、話して下さって嬉しいです。それで、私の両親は今どこに……?」


「……」


 ジェラルド様は非常に言いにくそうに、実の両親の“現況”を話してくれた。



***



 私の両親は現在、帝国郊外の診療所にいるという。

 犯罪を繰り返す荒れた生活をしていたらしく、酷い薬物中毒とのこと。今は完全に廃人になってしまっているという。

 叫び、唸り、暴れ、疲れたら眠る。これの繰り返しだという。

 あのメディックさんでも手の施しようがないということだ。


 私はジェラルド様と二人で、その診療所まで向かうことになった。

 馬車の中で会話をする。


「君を捨てた二人だ。数多くの重罪も犯している。君には内密に、処断してしまおうということも考えた。だが、やはり出来なかった。君に話してからでないと……と思った」


「ありがとうございます」


 そして、両親の惨状を具体的に聞かされる。

 私は決心した。


「あの……ジェラルド様」


「ん?」


「私に『親孝行』をさせてもらえないでしょうか?」


 私の言葉で、ジェラルド様は全てを察したようだ。


「君が……背負うというのか」


「はい、背負いたいんです。背負わせて下さい」


 私の決心は固かった。

 ジェラルド様はしばらく考えた後、「分かった」とだけ答えた。


 馬車が診療所に到着する。

 帝都にある診療所は立派なものだが、この診療所は掘っ立て小屋のような感じだ。ずれている看板が哀愁を誘う。

 この中に私の両親がいる。


「中の者には出払ってもらっている。今、診療所の中には、君の両親しかいない」


「はい、行ってきます」


 私はうなずき、診療所に足を踏み入れた。



***



 荒れた部屋だった。

 ベッドが二つ置いてあり、毛布や食器、排泄物が散乱している。あまりに手に負えないので食事だけは与えられ、ずっと放置されていたというのが分かる。

 その中に、父と母がいた。


 二人とも薬物のせいか、毛がほとんど抜け落ちており、ものすごく痩せている。しわも多い。よれよれのパジャマが痛々しい。

 まるで亡者のようだ。

 どちらが父で、どちらが母か、最初分からなかった。


「うぉおぉ……」


「あう、あう、あう……」


 二人は、私を見てもなんの反応も示さない。

 虚空を見つめ、うめき声を上げている。

 このままこうしていたって、二人が私に気づくような“奇跡”は起こらないだろう。


 今、私の中にこみ上げている気持ちはなんなのだろう。

 両親に会えたことの感激? 捨てられたことの恨み? 廃人と化した二人への憐れみ?

 どれも正解なようで、どれも違う気もする。


 しばらく二人を見つめた後、私は言った。


「お父さん、お母さん、生んでくれてありがとう」


 私は二人を抱きしめた。


「二人が私を生んでくれたおかげで、私、幸せになれました」


 抱きしめた両親の体はとても細かった。私よりも、ずっと。


「だから、ね……最後に親孝行させて」


 私は体から毒を出した。

 出来る限り、安楽の中で死ねる毒を。

 二人が冷たくなっていく。


 眠るように目を閉じている二人を横にすると、私は部屋を出た。

 あとのことは全てやってもらえる手筈になっている。


 外に出る。

 ジェラルド様が立ったまま待ってくれていた。

 目を細め、私の心情を察してくれているのが分かる。


「全て……終わりました」


「そうか……」


「帰りましょう」


 ジェラルド様は黙ってうなずいた。

 会話はできなかったけど、私たちは馬車の中でずっと手を繋いでいた。



***



 後日、私が捨てられたヘドロ川は全て埋め立てられることになった。

 ずっと大昔から存在し、廃棄物などが問題になっていたし、ジェラルド様がようやく解決に取り組んでくれた格好である。


 埋め立てて、浄化作業をした後は植物を植えて生まれ変わらせるという。

 時が経てば、ここにヘドロの川があったことなどみんな忘れてしまうだろう。


 私はジェラルド様と、その埋め立て作業を見る。

 大勢の作業員が、汚れた川に土を放り込んでいる。

 ペースは早く、この分なら数日で作業は終わるだろう。

 ジェラルド様が私に言う。


「君が育った場所だが……少し寂しいかい?」


「ええ……ほんの少しですけど」


 私にとっては嫌な思い出しかないはずの場所なのに、不思議と名残惜しい気分にもなった。

 さようなら、私が育った猛毒の川。

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