第2話 猛毒少女、“猛毒令嬢”となる
ムゾンの屋敷に連れていかれた私は、地下室へと移された。
周囲の壁は頑丈で、毒で腐らせたりできる代物ではなさそう。
ムゾンは私に言う。
「今日からお前は私の養女だ。令嬢として教育も施してやろう」
私はムゾンの娘になった。“父”となったムゾンはさらに続ける。
「名前をつけないとな。名前は……“ニーシャ”とでもしようか。ニーシャ・アンフェル、それがお前の名だ」
この日から私はニーシャとなった。
「食事ももちろん与える。ただし、全て猛毒だ。毒に愛されたお前なら、きっと耐えられるだろう」
ムゾンは私に背を向ける。
「時折様子を見に来るよ、我が娘よ」
扉が閉まった。
もちろん鍵をかけられ、私は出ることができない。
ムゾンの予告通り、私には教育が施された。
毒素を吸引しないようマスクをつけた教師がやってきて、私に授業をしてくれた。私が言葉を覚えたのもこの頃。私はだいぶ物覚えがよかったらしく、教師はいちいち驚いていたし、勉強は苦にならなかった。
私は教師に恩も感じたので、授業の時は自分から距離を置いた。
しかし、楽しいことばかりではない。
食事は辛かった。
毎日三食、毒の食事が与えられる。毒薬とか、毒草とか、毒虫とか。毒蛇の時もあった。
中には私でも上手く消化できない毒もあり、大いに苦しんだこともある。
ある時、私は毒の食事で瀕死になり、薄れゆく意識でこんな会話を聞いた。
「血を吐いてます。ムゾン様、医者を呼んだ方が……」
「バカを言え。そんなことができるか」
「しかし、このままでは死んでしまいます」
「死んだらそれまでだったということだ。あのヘドロ川に処分すればいい」
私は歯噛みした。
この男に私に対する愛情なんてこれっぽっちもないんだわ。
だったら生き延びてやる。生き延びて、こいつを驚かせてやる。
そんな思いが私に力をもたらしたのか、私は生還することができた。
私の生還を知ったムゾンは笑っていた。
「すごいな。あの状態から生き残るなんて。本当に毒に愛されてるんだな」
ちっとも嬉しくない。
私は毒じゃなく、人間に愛してもらいたかった。
ムゾンには全く期待できないけど。
そして、これらと並行して、ムゾンは私にある宿題を課していた。
「毒を自在に操れるようになれ。役に立たんと判断したらすぐに処分する。こればかりは誰か教師をつけるというわけにもいかんから、せいぜい自分で何とかしろ」
かなりの無茶を言う。
自分の命に未練はなかったが、処分されるのも癪だった私は懸命に毒を操作できるように頑張った。
だんだんと自分の意志で、体内の毒をある程度操作できるようになってきた。
私のできるようになったことを簡単に説明したい。
まず、毒素を自在に出したり引っ込めたりできるようになった。
例えば右手から毒を出したいと思えば、右手が黒く染まる。最大限に毒を発揮した状態で人に触れれば、おそらく即死もさせられる。
引っ込めることもできる。今までの私は毒素を常に垂れ流しで、触れた人みんなを傷つけるような状態だったが、ある程度制御できるようになった。完全に無毒にはできないが、なるべく毒素を抑えた状態であれば、私に触れても手がかぶれるぐらいで済む。
私の体内には無数の毒が巡っている。
それを組み合わせて、ある程度毒の効能を絞ることもできるようになった。
つまり、即死させるような毒を出すこともできれば、眠らせる毒も出せるし、安らかに死なせられるような毒も出せる。
あと、かなり力は使うが、毒ガスも出せるようになった。
体内の毒素を全身の毛穴から放出するような要領で、気体にしてまき散らす。
訓練中にうっかりマスクもせず地下室に入ってきたムゾンの部下が昏倒してしまい、私はこの力に気づいた。
私のできることとしては、最も広範囲の技術になることは間違いないだろう。
ムゾンは私の元に来ることはめったになかったけど、こうした成果を見るたび、
「面白いな」
と手を叩いて喜んでいた。完全に珍獣扱いである。
やがて、私はムゾンからさらなる試練を課せられた。
地下室に猛獣が連れてこられた。
「お父様、これは……?」
私が問うと、ムゾンは事も無げにこう言った。
「こいつも長年私が飼ってた猛獣でな。こいつと戦え」
「でも……!」
ムゾンの表情は変わらない。
「こいつを殺せるか、お前が食われるか、二つに一つだ」
どうやら試練は避けられそうにない。
まもなく猛獣が飛び掛かってきた。
「きゃあっ!」
凄まじいスピード。
私よりずっと大きいし、本当に食べられてしまう。私を食べたら、おそらくこの猛獣も死んでしまうけど。
ムゾンをちらりと見るが、全くの無表情。私のピンチを見ても、やはり猛獣を止めるつもりはないようだ。
やるしかない。私も覚悟を決める。
猛獣が飛び掛かる準備をしている。
私は体内の毒を操り、ガスを放出。猛獣に向けて放つ。
「ガッ!?」
動きが鈍った。今だ。
私は猛獣に近づき、毒素を最大限に発揮した右手でその体に触れた。
たちまちその部分は腐って、崩れていく。
「ウギャアアアアッ!?」
こうなると、もはや手の施しようがない。
毒はどんどん侵食する。
猛獣は血を吐き、ひとしきり苦しんだ後、うめき声とともに絶命した。
「いいぞ、よくやった! なかなか面白いものを見られたな!」
ムゾンは手を叩いて私を褒めてくれた。
嬉しくはなかった。私の心は猛獣への同情でいっぱいだった。