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第19話 告白

 レグロア帝国は勝利した。

 正当な理由もなく侵攻を企て、惨敗し、挙げ句王まで討ち取られたイブル王国は、もはや白旗を上げるしかなかった。

 レグロアに多額の賠償金を払うことになり、不利になる条約を結ぶことにもなった。

 今後、イブル王国は二度と帝国に頭は上がらないだろう。


 一方、帝都の宮廷では祝賀会が行われる。

 会場となったホールには、大勢の人々が集まっていた。

 当然貴族や将校が多いが、ジェラルド様の意向で、一般市民の人々も入れるようにしたそうだ。


 私も桃色のドレスでおめかしして出席する。

 “初めての夜会”を思い出す。

 だけど一人ぼっちだったあの時とは違い、私は色んな人とお酒を飲んだ。

 酔っ払うことはできないけど、楽しかった。


 親衛隊の三人も、いつもより着飾って祝賀会に出席している。


「ククク、肝臓の悪そうな人がちらほら見受けられますねえ。是非診察したい……」


 メディックさんは相変わらずだ。

 白衣姿にネクタイをつけ、クククと笑いながらワインを飲んでいる。

 これだけ人がいたら人間観察にはさぞ困らないだろうな。


「ニーシャちゃーん、飲んでるー? あたしは飲まれてるー!」


 ケイティは酔っ払っている。

 今の私は毒を制御できているので、抱き締めて優しく介抱してあげた。

 とりあえず、外に連れ出す。

 ベロンベロンに酔った聖女なんて、みっともないもの。


「ハッハッハ、祝賀会は楽しいねえ!」


「……?」


 見たことない人が話しかけてきた。

 金髪で青い眼をしており、かなりの美男子だ。年は私に近いかな。


「すみません……どなたでしょう?」


「あれ、分からない? ボクだよ、ボク! ボクさあ、ボクサー!」


 と言って、謎の美男子は拳を構えた。

 すぐに分かった。クロウだ。


「クロウってそんな顔だったんだ」


「まあねえ! たまにはメイクを取るのもいいかと思ってね! それにしてもみんなとお酒と飲みたいのに、みんなに“け”られてるよ! 参ったね! アッハッハッハ!」


 そりゃそうだろう。

 いくら顔がよくてもこんなにギャグを連発されたら、誰だって避ける。

 クロウとの付き合いも長い私ですらちょっと困ってるし。


 クロウを適当にかわして飲んでいると、いよいよジェラルド様が会場に訪れた。


 さらさらの黒髪。切れ長の瞳が相変わらず美しく、凛々しさや貫禄は以前より数段増している。

 深紅のマントを羽織り、それがジェラルド様のスマートな顔立ちを引き立てる。


 イブル王国との戦いを皆に報告し、挨拶を始める。


「みんな、このたびの戦いを経て、私は生まれ変わることができた。皇帝としての、上に立つ者としての責務を実感できた。そして、それは君たちも同じだと思う。未熟である私を皇帝として立ててくれた。君たちが生まれ変わったからこそ、我らはイブル王国に勝利することができたのだ」


 皆が聴き入っている。


「私は誓う! 二度と他国に付け入る隙を与えないと! 二度と帝国を危機には晒さないと! 皇帝、貴族、兵士、そして市民が一丸となれば、どんな敵でも恐れるものではない! レグロア帝国に栄光あれ! ……乾杯!」


 ジェラルド様がグラスを掲げる。


「乾杯!!!」


 熱狂的な拍手が巻き起こった。


 レグロアはジェラルド様を頂きに、一つになれる。

 そう確信することができる光景だった。


 ジェラルド様によって祝賀会は次のステージに進む。

 盛り上がりが加速していく。


 私も皆に合わせてお酒を飲む。全然酔わないけど。でも、とても楽しい。


 すると、ジェラルド様が私に近づいてきて、耳打ちをした。


「あとで……二人でそっと抜け出さないか」


 私は即座に返事をした。


「……はい!」



***



 私たちは祝賀会を抜け出した。

 宮廷内の通路を歩く。デートをしているようでちょっとときめく。

 やがて、思い出の場所に着いた。

 そう――私がジェラルド様を狙った場所だ。


 私とジェラルド様は並んで歩きながら話す。


「君と出会ったのはここだったな」


「はい」


 あの時のことは、今でも昨日のように思い出せる。


「前にも言ったが、あの瞬間――私は君に惚れた。君が危険だと分かっていながら、それ以上の感情に支配された」


「ありがとうございます」


 ジェラルド様が私を見つめる。私も見つめ返す。

 周囲のランプが、彼の顔をあまりにも美しく照らし出す。

 幻想的とさえ思ってしまった。


 そして――


「私と婚約してくれないか?」


「え……?」


「私と結婚して、妃になって欲しい」


「待って下さい!」


 私は反射的にこう言ってしまった。


「冗談なら……やめて下さい。どうか……」


「冗談に聞こえたか?」


 聞こえなかった。

 ジェラルド様はこんな冗談を言う人ではない。

 でも、どうしても信じられない。

 それに、私とジェラルド様はあまりにも釣り合わない。結婚できない理由がいくつも思いついてしまう。


「私はあなたに牙を剥いたムゾンに育てられ、あなたを暗殺しようとした女です。それに、立場は侍女でしかありません。そしてなにより……毒にまみれています」


「それらが私と君が婚約できない理由というわけか。ならば、ひとつひとつそれを消していこう」


 ジェラルド様が答え始める。


「暗殺は未遂に終わった。私も許した。ムゾンは失脚し、もう君との縁も切れた。以上の理由により、君が暗殺犯だったことは障害にならない」


 反論しようとする私を遮り、ジェラルド様は続ける。


「次に侍女だから、ということだが、身分違いでの結婚などいくらでもあるさ。我が国でも皇帝と市井の女性が結婚した例は存在する。もっとも仮に前例がなくとも、なければ作ればいいと私は考えるけどね」


 前例がなければ作る、と言い切ったジェラルド様は貫禄があった。

 この人はもう、帝国をまとめ上げた皇帝なんだ。

 実績を積み重ね、地盤を築かねば……と思い悩んでいた頃とは違う。


「毒まみれとのことだが、君は毒を制御しつつある。以前は握手した私の手をかぶれさせていたが、今はそんなことも起こらない。メディックたちとの日課は確実に実っているし、君も進化している。毒にまみれているわけじゃない。むしろ毒を飼い慣らしている」


 ジェラルド様の瞳がまっすぐ私を射抜く。

 まだいくらでも反論は思いつくのに、その言葉が出てこない。

 そして――


「結婚しよう」


「……はい」


 ついに返事をしてしまった。


 私は毒なのに。猛毒なのに。

 でも、大丈夫。

 ジェラルド様とならきっと幸せになれる。


 ジェラルド様は私を抱きしめてくれた。

 さらに口づけまで――


 至福が、私を包み込んだ。

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