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第17話 ニーシャ、敵陣へ

 レグロア帝国とイブル王国が激突すれば、レグロアはただでは済まないだろう。

 だけど、一つだけ方法がある。

 イブル王国のアゴン王を討ち取ることができれば、王国軍を弱体化、あるいは撤退させることができるかもしれない。


 朝、私は鏡を見る。


 ここでの生活で、だいぶ血色はよくなってきた。

 だけど、これじゃダメ。

 私は自分の体内で毒を増幅させ、体内の血の巡りを悪くする。

 今の私はこういうことも出来る。


「うん……これでいい」


 かつてのみすぼらしく、不健康な私が帰ってきた。

 元々体格は貧相だし、これならいける。

 私は毒に感謝した。

 そして、鏡に向かってこう宣言する。


「ジェラルド様、私がこの国を救います」



***



 宮廷を出ると、近くに馬車置き場がある。

 皇族や宮廷勤めの者たちは、どこかに移動する時、ここから馬車を借りることができる。

 私はそういった人たちを待っている御者さんに話しかける。


「こんにちは」


 いたのは白髪の混じったベテラン御者さんだった。


「あなたは侍女の……ニーシャさん」


 私の名前を知っていてくれた。

 きっと宮廷勤めの人の名前は全て覚えてるのね。さすがベテランだわ。


「お願いがあります。馬車を出して欲しいの」


「かまいませんが、どちらまで?」


 おそらく、ちょっとした買い物だと思っているだろう。

 だけど私の用件は違う。


「西方のイブル王国まで」


「イブル王国!? 今まさに帝国と緊張状態にある敵国じゃないですか! 一体どうして……!」


「緊張状態というか、まもなく戦争状態になるわ」


「ええっ!?」


 目を丸くして驚いている。そりゃ驚くでしょうね。

 だけど、私はそれを食い止めに行くのよ。


「出来る限り、近くまで行って欲しい。もちろんお金は払うから」


 ジェラルド様から侍女としての給金は頂いている。

 私はそれを全てあげた。お金なんて殆ど使わないし、どうせもう必要としないから。


「お願い……!」


「分かりました……」


 私は馬車に乗った。

 シートはふかふかで気持ちいい。

 以前の私は腐食させてしまったが、もう腐食させることはない。

 こんなところでも自分の進歩を実感してちょっと嬉しくなる。


 馬車が城門を出て城下町に出る。

 町並みを見る。

 家々が立ち並び、人々が平和に生活している。子供の笑い声も聞こえる。

 イブル王国との緊張が続いていることはもちろん知っているだろうけど、ムゾンが機密を流していただとかは知らないはず。

 彼らは明日も明後日もこの平和が続くと信じている。


 この平和な帝国を、イブル王国なんかに潰させるわけにはいかない。

 私の中のモチベーションがみるみる高まっていく。


 馬車が城下町を出て、西方へひた走る。

 いくつかの中継地点を経た時、突然御者が話しかけてきた。


「あなたのことは宮廷で何度かお見掛けしました」


 あらそうなんだ、と思う。


「失礼ながら、宮廷の侍女さんにしては……と思っていました」


 侍女にしてはみすぼらしい、ということでしょうね。

 だって私の他の宮廷勤めの人は、みんな高貴な容姿をしているもの。

 だけど、なぜか悪い気はしない。

 ベテランさんの正直さに好感すら覚えた。


「しかし、今のあなたは輝いておられる。宮廷で見かけるどんなレディよりも、ずっと」


「ありがとう」


 もうまもなく、イブル王国との国境に着くという。

 ここからは危険地帯となる。私は御者さんに言う。


「この辺りでいいです。あとは自分で行きますから」


「かしこまりました。どうか死なないで下さい」


 一応うなずくと、私は地面に降り、イブル王国との国境に向けてゆっくり歩く。

 険しい道だけど、クロウとのダンスで足は鍛えられている。


 すると――あった。


 イブル王国軍の布陣が。

 レグロア帝国を狙ってる、侵攻はまもなく、どころじゃない。

 もう準備万全、整っているわ。

 というか、国境越えちゃってるし、もはや戦争になっているといっていい。


 行くしかない。私はイブル王国の陣地に歩き出した。



***



 国境地帯は岩場のような荒地である。そこに鋭いサーベルが描かれたイブルの国旗を掲げた軍隊がひしめいている。


 イブル王国の兵士たちが私に近づいてくる。

 みずぼらしい私を見て、当惑してるのが分かる。


「なんだ、お前は!?」槍を突きつけてくる。


「私はニーシャ、レグロア帝国皇帝の侍女だった女よ」


「なにい!?」


「あなたたち、レグロアに攻め込むつもりなんでしょ。だから有益な情報を持ってきたわ。王様に会わせてちょうだい」


 死にたいのかと槍の穂先が近づく。

 だが、私にはまったく怖くない。

 もうここで死ぬ覚悟なのだから。


「私はジェラルドに散々酷い目にあわされたの。この背格好を見れば分かるでしょ? あいつに復讐したいのよ」


 ムゾンのことを思い浮かべながら話す。

 私は“皇帝に酷い目にあわされた侍女”を演じる。

 お遊びで侍女にされ、散々に弄ばれ、笑い物にされてきた、という設定で。

 この姿なら、説得力が出るはず。

 皇帝に復讐したい気が狂った小娘に見えるはず。


「お願いよ、私なら皇帝の何から何まで情報を知ってるわ」


「だったらここで話せばいいだろう!」


「嫌よ。私は帝国を裏切るんだから、そちらの国で重用してもらいたいの」


「……!」


 死んで元々。特攻なのだから、すらすらと台詞が出る。


「ちょっと待ってろ」


 兵士が去っていった。

 ドキドキする。

 まもなく兵士が戻ってきた。


「信じられんことだが……。陛下が……お会いになるそうだ」


 私は内心ほくそ笑んだ。


 これで王に近づける。

 王に近づいた瞬間、毒ガスをばら撒く。

 ダメ押しで最大限に毒を発揮した右手でさわる。

 これで暗殺は完成する。

 私は殺されるだろうが、そんなことは知ったことじゃない。


 私は王のいるテントに案内された。

 兵士たちのテントに比べ、やはり豪華だ。


「レグロアの侍女を連れてきました」


「入るがよい」


 テントの外から中を見る。アゴン王がいた。

 それと護衛の兵士が三人ほど。


 肩にかかるほどの金色の長髪でカールを巻いている。

 垂れ目で、端正といえる顔立ちだった。

 年齢は30代ほど……だろうか。


 後はこの人を始末すれば、全てが終わる。

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