第15話 悪魔の最期
ムゾン・アンフェルは失脚した。
ジェラルドによって呼び出され、ニーシャに脅しをかけられ、皇帝暗殺を目論んだことがあると暴露。ニーシャに数々の虐待をしていたことも自らの口から吐いてしまった。
さらに令状も出て家宅捜索が行われ、人身売買や違法薬物の密売など、さまざまな非道な行為も発覚。
皇帝暗殺未遂やニーシャへの虐待など、悪事のほんの一角に過ぎなかった。
爵位は剥奪され、辺境へと追放されることとなった。
数十人の兵と共に、馬車で辺境へと落ちのびるムゾン。
普通ならば、この状況から再起は不可能だろう。
しかし、彼は諦めてはいなかった。
馬車に揺られながら、目を血走らせ、歯を食い縛り、顔面を怒りに歪める。
「おのれ……あの青二才と、クソ娘が!」
だが――と、ムゾンはニヤリと笑う。
「これで終わったわけではないぞ。まだまだ私の影響力は残っているんだ。辺境で力を蓄え、必ずやジェラルドに復讐してやる。私を処刑まで持っていけなかったことを後悔させてくれるわ」
そして、ニーシャの顔を思い浮かべる。
紫がかった黒髪を持ち、毒のせいで血色も悪く、貧相でみすぼらしい小娘に過ぎなかったニーシャ。まさか、あの珍獣が自分に牙を剥いてくるとは思わなかった。
「ニーシャめ……拾ってやった恩を忘れおって。あの娘はただでは殺さん。いずれ地獄を味わわせてやる」
馬車が荒れた山道を進む。
ムゾンの精神状態を表しているかのような山道だった。
だが、馬車が急に止まった。
激しく揺れ、ムゾンも大きく前のめりになる。
「おい、どうした!? 危ないではないか!」
ムゾンが御者に文句を言う。
「変な三人組が道を塞いでまして……」
「三人組ィ?」
ムゾンが馬車の中から外を覗くと――
三人組の男女が立っていた。
「なんだ貴様らは!?」
「私はメディック・ドトーレと申します。医者をやらせて頂いております」
「あたしはケイティ! ケイティ・ラバン! 聖女やってまーす!」
「ボクはクロウ・ラートル! 道化さ! ここまで来るのは“苦労”したよ、なーんて……アッハッハッハッハ……」
皇帝の従者にして親衛隊、メディック、ケイティ、クロウの三人組であった。
「なんの用だ……!」
両手を広げ、メディックが答える。
「皇帝陛下の“敵”をこのまま行かせるわけがないでしょう?」
ムゾンはこの答えで全てを悟る。
「ふん、ジェラルドの手先か」
目を細め、ムゾンは配下の兵士たちに命じる。
「あの道端の石ころをとっととどけろ!」
兵士たちは剣や槍を構え、三人に一斉に襲い掛かる。
メディックがメスを構えた。
「私のメス捌きをお見せしましょう」
無駄のない動きで、兵士たちの頸動脈を次々に切り裂いていく。
山道に血の水たまりができる。
ケイティが神に祈る。
「はーい、ケイティちゃんによる神罰を受けてねー!」
聖女ならではの攻撃。神の力を借りた雷撃が兵士たちを黒焦げにしていく。
今の彼女はさながら愚かな人類に罰を与える天使といったところか。
「ボクの名前はクロウ……だから武器も爪。なんちて」
クロウは両手につけたかぎ爪で、兵士たちの命を刈り取っていく。
彼の縦横無尽な動きには誰も反応できない。
みるみるうちに護衛の兵士たちが倒されていく。
相手はたった三人なのに、まるで勝負になっていない。
「な……! な……!?」
三人の予想以上の強さに怯えるムゾン。
怯えた時にはもう遅い。
山道に死体が散乱する。兵士たちは全滅してしまった。
「ま……待てっ! 待ってくれ! 命だけは……!」
ムゾンの命乞いに、メディックは首を振る。
「残念ですが、それはできません。あなたを生かしておけば、皇帝陛下に必ず害をなす。我らの本来の仕事はそういう人間の除去ですから。あなたが失脚したので、ようやくこうして動くことができますよ」
そう、この三人の正体。
彼らは皇帝の従者でも、ましてや親衛隊でもない。
皇帝に仇をなす敵を人知れず始末するのが彼らの仕事。
派手なメイクのクロウが歯を見せて笑う。
「あんたがいなくなった方が世の中はずっと楽しいものになるからね!」
そして、ケイティ。
長い黒髪に白い修道服をまとい、清楚な美貌を持つ彼女。
ニーシャの前では絶対に見せないような鬼の形相で、ムゾンを睨みつける。
「それにさ、あたしたちのニーシャちゃんに散々酷いことをしておいて、追放されて辺境で細々と余生を送るなんて生温い結末を迎えられると思ってんの?」
ケイティが“神罰”で、馬車を破壊する。
ムゾンが地面に投げ出される。
「うわあああっ!」
それでもまだ逃げようとするムゾンの鼻先に、メディックがメスを突きつける。
「光栄に思って下さいよ。私たち三人が揃っての拷問なんてそう受けられるものではありませんからね」
「ひっ、ひいいっ……やめてくれ……。助けっ……!」
これ以後、ムゾン・アンフェルを見た者はいない。
もちろん、このことがニーシャに知らされることはなかった。
悪魔の末路など、彼女は知らなくてよいのだから。




