第14話 ムゾンとの対決
ジェラルド様とムゾンの会見の日となった。
場所は宮廷の食堂。時刻は正午。
しかし、いつもの開けた雰囲気とは一味違う。周囲にはカーテンが施され、密談御用達という雰囲気になっている。
私はそのカーテンの後ろに隠れていた。
まもなく、ムゾンがやってくる。
久しぶりに見るあいつの顔は、やはり紳士然としている。整えられた黒髪、黒い口髭、黒スーツ。そして心の中も黒で満ちている。
悔しいけど、未だにムゾンに対して恐れを抱いてる自分がいる。
広い食堂の中、ジェラルド様と一対一となる。
「これはこれは陛下、お久しぶり」
「ええ、そこにおかけ下さい。ムゾン卿」
「これはどうも」
二人が椅子に腰をかける。
親子ほどの年の差がある二人が、テーブルを挟んで向かい合う。
「まずはお招き頂きありがとう」
ムゾンが慇懃無礼に頭を下げる。
「しかし、こうして食堂に招いてくれたのに、歓迎の食事も出さないのかね?」
「ムゾン卿、あなたと私の仲で、おもてなしは不要でしょう」
「ふふ、まあな。我々はお互いに相手に消えて欲しいと思っている。しかし、“暗殺”などといった分かりやすい手段に出るには、お互いに大きすぎる。難儀なものだ」
ムゾンが私にジェラルド様暗殺を命じた時は、ジェラルド様はまだそこまでの力を持っていなかったということかな。
だけどジェラルド様は懸命に執務に励み、急成長して、そうやすやすと手を出せない存在になった。
しかし、ムゾンは強気を崩さない。
「下らない前置きはせず、はっきり言おう。あなたでは皇帝として力不足だ。西方のイブル王国の王がこの国に野心を持っているのは知っていよう。若く未熟なあなたではこの難局を乗り越えることはできん。が、私ならば上手く立ち回り、イブル王国を懐柔させることができるだろう」
ムゾンが物をねだるように右手を差し出す。
「くれないかね。皇帝の座」
「……」
ムゾンのふざけた振舞いに、ジェラルド様は答える。
「貴公に皇帝の座を渡すぐらいなら、道端にでも投げ捨てて、誰かに拾ってもらった方がはるかにマシというものだ」
決して負けてない。
ムゾンも顔をしかめている。
「フフフ、これは手厳しい」
「手厳しくもなるというもの。こちらこそ前置きはやめましょう」
いよいよジェラルド様が本題に入る。
「あなたは……私の命を狙ったな?」
「なんのことかな?」
私を差し向けたことだ。
ムゾンは当然とぼける。
「とぼけるな。あの女を使って、私を狙ったことはすでに調べがついているんだ」
「あの女とは?」
「ニーシャ・アンフェル。貴様の養女だろう」
「知らんなぁ、そんな名前は」
あくまでとぼけるムゾン。笑みを浮かべ、余裕すら感じられる。
「私はあの女を捕え、本来なら処刑するところだが厚遇して懐柔し、全てを聞き出した。しらばっくれても無駄だ」
ジェラルド様は私をあえて“あの女”呼ばわりした。
なんだかゾクゾクしてしまう。
粗末に扱われていることに喜んでいる自分がいる。
「ならば、そのことを訴えてみるといい。この私とそのニーシャとかいう女の関係を示す証拠をきっちり出した上でな」
証拠なんかあるわけない。
あいつにとって、私はヘドロ川で拾った珍獣に過ぎない。
「もっともただの言いがかりだと判明したら、君の立場はさらに悪くなるだろうがね」
「ではやはり、直接話してもらうしかないようだな」
「なに?」
「おい、ニーシャ!」
ジェラルド様に呼ばれる。私はカーテンの奥から歩き出す。
ここまでは全て予定通り。
あとは私にかかっている。
「こんにちは、ニーシャと申します」
「……」
数ヶ月ぶりとなる一応の父親との再会だ。
ムゾンの表情に変化はない。
それどころか、私にまるで興味がない表情だ。
分かり切ってた反応ではあるけど、ぞっとしてしまう。
「あなたの企みは全て彼女から聞いた。本人を目の前にしても、白を切るのか?」
ムゾンは私をちらりと見る。
まるでゴミを見るような目だった。
「だから知らんよ。こんな娘」
「そうか」
ジェラルド様はため息をつく。
「ニーシャ、お茶を入れてくれ。そこにポットがある」
「分かりました」
テーブルの近くにはポットとカップが用意されている。
私はポットを手に取って、ティーカップに紅茶を入れる。
「どうぞ……」
私はジェラルド様とムゾンにカップを差し出す。
ムゾンは手をつけようとしない。
「どうしました、ムゾン卿。飲まないのですか?」
飲むわけがない。私のことを知っているのなら。
私がどういう状況からでも毒を盛れることを知ってるはずだから。
「当たり前だ。ここは敵地、うかつに飲み物に手は出せんよ」
さっきは“食事も出ないのか”なんて言ってたくせに。
私が出てきた途端、こんなことを言い出すのはちょっとダサくていい気味だと思った。
「ならば私は飲みましょう」
あざけりの視線を浮かべつつ、ジェラルド様がカップを手に取る。
ジェラルド様がカップに唇をつけようとする。
「待った」
「!」
「いいだろう、飲んでやろう。ただし、今君が飲もうとした方をだ」
結局、二人とも私の入れた紅茶を飲んだ。
貴人が二人で紅茶を飲む。本来なら優雅な場面のはずだけど、二人の様子は、私の目から見てもあまりにも殺伐としていた。
「茶もご馳走になったことだし、ここらで君に正式に宣戦布告させてもらうよ。私は近いうちに君を玉座から引きずり下ろす」
「望むところです、ムゾン卿」
「ではそろそろ帰らせてもらうよ。私も多忙な身――」
ムゾンに異変が起こった。
「うっ!?」
ムゾンが胸を押さえる。
当然だ。私がそうなるように仕向けたんだから。
「なんだ、これは……まさか!? オエッ……」
ジェラルド様が笑う。
「フフフ……」
「貴様!? まさか毒を!?」
ジェラルド様は答えない。
「な、なぜ!? 貴様も飲んだのに!? どうやって……!?」
「簡単な……ことだ」
異変が起こるのはムゾンだけではない。
「ま、まさか……」
「ニーシャは……両方のカップに、つまり私にも毒を盛った」
「!?」
ムゾンの顔が青ざめる。
苦しいのもあるが、私たちがやったことを理解できてないという表情だ。
「ごふっ、おえっ……!」
ジェラルド様の顔色もみるみる土気を帯びてくる。
二人ともさぞ苦しいだろう。そういう毒にしたんだから。私にしか作れないオリジナルのブレンド毒。
「なにを考えてるんだ、これはどういうことだ、ニーシャ!!!」
ムゾンがこっちを向いた。
なんだか、初めてこいつの顔をまともに見た気がする。
私はムゾンにされてきたことを思い出す。
長年、地下室に閉じ込められ、毒の食事を与えられてきた。
猛獣と戦わされた。
だけど、教育を施してくれたり、私を娘にしてくれたり、そういう一面もある。
それら全てを思い出す。余すところなく思い返す。
それぐらいしないと、きっと見抜かれる。
「お父様」
「な、なんだ……」
「私はあなたをずっと殺したかった。憎んでも憎み切れないですからね。だけど同時に、あなたに恩を感じてもいる。あなたがいなければ、私はこうして言葉を喋ることもできなかった。私が今もニーシャと名乗っているのは、あなたに感謝もしているからです」
「……」
「だから、決めたんです。あなたを殺すと同時に、皇帝も殺すと。私の願いを叶えると同時に、あなたの望みも叶えると。ジェラルド様に話したら、了承して下さいました」
ムゾンがジェラルド様に向き直る。
「正気か、貴様ァ! げほっ!」
「ムゾン卿……私も皇帝という地位にはっきり言って疲れていた。あなたと刺し違えられるなら、と思いニーシャの提案に乗ったのだ。ここで、我々は……二人とも終わりだ」
「バカなことをしおって……!」
二人の体調はどんどん悪くなっているはず。
“死”を感じるほどに。
「ぐはぁっ! ううっ、医者を呼べ……!」
「医者でどうにかなる毒など……ニーシャは盛らないだろう……」
ムゾンがこっちを見る。
すがるような目つきだ。
ここだ。ここが勝負どころ――
私は苦しむムゾンに、心から言葉を告げる。
「さようなら、お父様」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
あなたとは今日ここでお別れだけど、全然惜しくないわ。死に様に興味すらない。そのまま勝手に死んでいってねという感じの声が出てくれた。
「ま、待てっ! ニーシャ!」
「……」
「お前なら解毒できるはずだな? あれだけ自在に毒を操れるんだ……なぁ、助けてくれ! 私を助けろ! ニーシャ!」
「私を娘と認めてくれるの……?」
「ああ、認めてやる! お前は私の娘だ! ヘドロまみれの川でお前を見つけ、拾い、十年以上育ててやった!」
「そうね……」
何とも言えない声が出た。
感謝してるのか、してないのか、自分でも分からない。
「確かに育ててくれたけど、毒を沢山食べさせてくれたわね……」
「あ、あれはっ! 毒で育ったのだから、毒を食べさせた方がいい、と思っただけだ!」
私の機嫌を取るならこう言うしかないだろう。
「猛獣とも戦わせてくれた……」
「お前を鍛えるためだ! 私とて本意じゃなかった! 現にお前は逞しく育った!」
ムゾンは汗だくになっている。よほど苦しいのだろう。
ポンポンと言葉を吐いてくれる。
「そして……皇帝暗殺をさせようとしたわね」
「げほっ! ああ、そうだ! お前ならやってくれると信じて……! そして現にお前はこうしてやってくれている! だ、だから頼む! ……私を助けろ! 私だけを!」
ついに認めた。
私に皇帝暗殺を命じたと認めた。
これで終わりだ。
「助けるって、何から?」
「決まってるだろ! お前が盛った毒から私を助けろぉ!」
ムゾンの絶叫に、私は淡々と答える。
「なら……もう助かってるわよ」
「……へ?」
「だって、あなたたち二人に盛った毒は、死ぬような毒じゃないわ。摂取してから数分でひどく吐き気をもよおし、苦しむようになるけど、ただそれだけの毒。あと数分もすればきっと元通りよ」
「な、なんだとぉ……!?」
ジェラルド様が毒によって青ざめた表情のまま言う。
「そういうことだ、ムゾン卿。全ては終わった」
「終わってなどいるものか!」
「いいや、終わっているんだ」
食堂周囲のカーテンが一斉に開く。
そこには帝国の捜査官、幾人かの貴族がいた。
事前に潜ませていたのだ。
「な……!?」
眉をひそめたまま、捜査官が言う。
「ムゾン公、残念です。皇帝暗殺を企てていたとは……。それに子供を拾い、毒を食べさせるなど……なんたる所業……」
今の発言の数々はしっかり記録に残されている。
「ムゾン様、こうなった以上、我々はあなたを支持することは……」
これらの貴族はムゾンの息がかかった、『ムゾン派』といってもいい貴族たち。
本来ならば敵である彼らを、ジェラルド様はあえて証人にすることにした。
ジェラルド様は事前に、彼らに正々堂々と打ち明けていたのだ。
『私はムゾンと対決する。それを最後まで見届けて欲しい。その上で私につくか、ムゾンにつくか、改めて決めて欲しい。もし私が奴に敗れるようなことがあれば、その時は覚悟している』
ジェラルド様の覚悟に貴族たちも感銘を受けたのか、“対決”を見届けることを了承してくれた。若さゆえの未熟さ、まっすぐさが彼らを動かし、そしてジェラルド様はムゾンに勝った。自分から悪行を吐き出させた。
金銭や権力で信頼を得るタイプだったムゾン。力を失った時の求心力はない。
ムゾンの顔がみるみる崩れていく。
ついさっきまでは悪の紳士といったふてぶてしい凛々しさを秘めていたのに、見る影もない。
今のムゾンは亡者か何かのようだわ。
「ニーシャ! こいつらを……殺せ! 皆殺しにしろ! お前なら出来るはずだ!」
ついに皆がいる前で、私にこんなことを命じる。
もうまともじゃない。
ジェラルド様にしてやられて、悪の部分を抑えられなくなってる。
「やりません。出来るとしても、お断りします」
「な、なんだと!? ニーシャ、貴様……!」
「私は……ジェラルド様と共に生きていきます。さようなら、お父様」
「ニーシャ……!」
ムゾンが私にすがりつこうとするが、捜査官たちに押さえつけられる。
「くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉぉっ……!!!」
ジェラルド様が私に向き直る。
「ニーシャ、私たちの勝利だ」
「はい……!」
鮮やかに勝ったようでいて、決して楽な戦いじゃなかった。ムゾンが私の毒に危険はないと看破していたら、「こんな汚い手段でありもしない罪を自白させようとした」と逆襲され、ジェラルド様の立場が危なかったはず。危険な賭けだった。
だけど、勝った。
私たちは二人で、悪魔を討伐することに成功した――
***
ムゾンは爵位を剥奪され、辺境への追放処分を受けることとなった。
処刑までいかなかったのは、腐っても公爵、ということなのだろう。ムゾンほどの大物を処刑しちゃうと影響が大きいものね。
いずれにせよ、私がムゾンと顔を合わせることはもうないだろう。
ジェラルド様はこう言ってくれた。
「君はもうムゾンのことは忘れ、自分の人生を生きるべきだ」
「はい!」
私は体じゅうを繋いでいた黒い鎖から、ようやく解き放たれた気分になった。




