第1話 毒に愛された少女
「どうする? この子」
「捨てちまおう。俺らで育てられるわけねえよ」
本当におぼろげだが、こんな記憶がある。
私は捨てられた。
私が捨てられたのは帝国の片隅にある川だった。
川といってもあらゆる汚水や廃液が流れ込む、ドブ川と呼ぶのすら生ぬるいヘドロのような川。
生後間もない赤ん坊がこんなところに捨てられたら、おそらく30分と生きていられないだろう。
だけど私は死ななかった。
ヘドロ川の汚水や泥を食べて、生き延びた。栄養なんかないはずなのに。猛毒のはずなのに。
どす黒い川を這いずり回って、私は何日、何ヶ月、何年も生きてきた。
普段は人なんか寄りつかない場所だが、私目当ての人間もやってきた。どこにでも好奇心旺盛というか、怖い物見たさというか、そういう人間はいるものだ。
「うおっ、マジでいるじゃん……」
「ホントに人間だ……」
「女の子? 年は1歳とか2歳か?」
作業服と長靴を履いた下卑た表情の男が、私に近づいてくる。
「俺、女の子ならなんでもいいからよ。こういう変わり種ほど調教しがいがあるっつうか……」
男が私の腕をつかんだ。
そのとたん、男の右手は黒く変色してしまった。
「いぎゃあああああああっ!?」
悲鳴を上げながら、泣きながら逃げていく。
赤ん坊の頃からずっとヘドロを食べてるんだもん。私の体は毒素まみれなのね。
きっとあの手は切断したんだろうなぁ、と後になってみると思う。
そうして、多分5歳ぐらいになったのかしら。
私が住む川にやってきたのだ。
あの“悪魔”――ムゾン・アンフェルが。
***
ヘドロ川にやってきたムゾンは黒髪で、黒スーツに身を包み、黒髭を生やした紳士だった。
同じく黒スーツを着た部下を連れており、そのうちの一人に命じる。
「あれを連れて帰りたい。拾ってこい」
部下は黙ってうなずくと、川に入って私を拾い上げようとする。
バカ、私に触っちゃダメだって。と思うが、私にそれを伝える手段はない。あーとかうーとか、唸ることしかできない。
部下は私に触れてしまい、たちまちその手は毒に侵されていく。
「うおああああっ!?」
悲鳴を上げる部下に、ムゾンは笑っていた。
「ハハハ、こいつはすごい。触れただけでそうなるのか。まさに毒を具現化したような少女だな。毒に愛されている」
教育めいたものは何も受けてないのに、この男が邪悪だというのはなんとなく分かった。
「こいつはなんとしても私の物にする。道具を用意しろ」
ムゾンはもう一人の部下にそう命じる。
程なくして、巨大な網と鉄の檻が用意される。
私は網によって捕らえられた。毒で絡みつく網を破って脱出しようとするが、さすがにそれは敵わなかった。
私はそのまま鉄の檻に放り込まれる。
こうしてムゾンによって“捕獲”された私は、屋敷に連れていかれることになった。
私の“地獄”の始まりである。
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