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1-5 晴れて平民生活

 落ち着いた私を見計らったようにアズがタオルを回収する。


「アズ、色々尋ねたいことがあるんだけど」


「畏まりました。では先ず着替えましょう」


 尋ねたいこと、話し合いたいこと、沢山あるけれど。それより、先ずは着替えることを提案するアズに、此方も大切なことを切り出した。


「もちろんそれも先かもしれないけれど、それ以上に先なのは。アズの呼び方、だと思う。私はもう“お嬢様”ではないよ。平民だもの」


 アズが目をパチクリと瞬かせて、言われたことを理解するまで時間がかかったのかポカンと口を開けた。こんなアズは初めて見た。


「アズ?」


 呼びかければアズが口を閉じてから、やや困惑したように視線を彷徨わせる。


「平民は、平民です、が……」


「ネスティーって呼んで? あと、アズのこと、お姉さんって呼んでもいい?」


 ちょっぴり恥ずかしくてアズから視線を逸らし、でも反応が気になるので窺う。アズはまたもやポカンと口を開けた。えっと……そんなに驚くようなことを言ったかしら?


「お姉さん、ですか?」


「だってアズと一緒に暮らす理由なんて家族や親戚以外ないでしょう?」


「ああ、お嬢様と侍女だと両親は? ということになりますか……。いえ、でもやはり私はお嬢様の侍女で居たいんです」


 アズの強い否定がちょっとショックだわ。

 私がしょんぼりしているのが分かったのかアズは続ける。


「他の誰も知らずとも、私はお嬢様の家族がアレだと知っています。亡き奥様とお兄様以外、アレですよ、アレ。私自身がアレな人間と同じ“家族”は嫌です。呼び方はお嬢様のままでも、立場が侍女のままでも、私は既にお嬢様を家族だと思ってます。それじゃあダメですか」


 アズの説明に私自身に置き換えてみる。

 他の誰も知らなくても家族があんなので、その家族と同じ立場になる、と考えると……確かになんだか複雑かもしれない。いえ、私はあんな家族と実際に一応家族でしたけど。お母様は亡くなりお兄様には全く会えず、伯爵も後妻も異母妹も祖父もあんなの……。

 血の繋がりは無いけれど、アズをその中に形だけでも押し込む……。それ、私が嫌だわ。私が姉のように慕うのと、形だけとはいえ、あんな家族にアズを押し込める……。無理ムリ。考えてみればそれは嫌だわ。


「今まで通りでお願いします」


 じっくり考えて、そう答えた。気持ちの上では家族のように思ってくれているのなら、型に嵌めることはしなくてもいいわけで。


「畏まりました。もし他の家族……とか周りに言われたら、両親を亡くし育ててくれた祖父母を亡くし、裕福で使用人を雇っていたご家族の残された遺産で家を買ったことにしとけばいいと思います」


 ……成る程。それなら私がお嬢様と呼ばれていても何の不思議はない。


「でもそれって遺産狙いの人達が出てくるような……」


「大丈夫です。お嬢様には話していなかったのですが、私の母が来ます」


「アズのお母様?」


 あれ、昨日確認した時はアズと私で暮らすって言うことに頷いていたから、てっきり二人だけかと思ってたんだけど。


「はい。勝手に呼んですみません」


 まぁそれはいい。


「それはいいけど……アズとお母様が暮らしていた家は?」


「宰相補佐様にお話を通してあります。実は、ロイスデン公爵様からの提案なんです。お嬢様と二人で暮らすことに決めていた私が、宰相補佐様経由で宰相様にこの領地で暮らすことを勧められ、この家を紹介された時、富裕層の平民が暮らす地区なんて……と唖然としてしまったのですが。

 どうやら情報を聞いていたロイスデン公爵様が直々に私の前に現れて、私の母を呼ぶことをご提案下さいました」


 ロイスデン公爵様……。まさかのそんな暗躍(?)をしていたんですか……。


「同時にヘルム殿を貸して下さるそうで」


「ヘルムさんを? 貸してくれる?」


「お嬢様の護衛代わりだそうです」


「えっ……」


 公爵様、何故そこまでして私に肩入れをしてくれるのでしょうか……。もう用済みになるご子息の、仮の婚約者ですよ、私。

 というか。


「ヘルムさんが護衛代わりで暮らすことは別にいいけど。ヘルムさんは納得してるのかしら」


 その時、アズが嫌そうに溜め息を吐き出しました。私、何か余計なことを言いましたかね?


「かなり乗り気でした。昨日、お嬢様が寝てしまった後で確認をしました。というか、世間を騙すために私と夫婦になるとか意味の分からないことを口にしていましたので却下しておきました」


 アズがイライラしてる……。ヘルムさんと夫婦。まぁ確かにお嬢様と侍女とその母と護衛代わりって……目立つ四人だよね。そのカムフラージュってこと? でもカムフラージュになるかなぁ、それくらいで。

 取り敢えず分かったことは、私は裕福な家の家族を亡くしたお嬢様の設定で世間と付き合うようにする、ということです。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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