1-3 晴れて平民生活
アズに促され、相変わらずヘルムさんに抱っこされたまま私は中に入る。玄関から廊下を歩いて行く。右側に部屋があって左側は壁。飾られている絵はアズのお気に入り画家のレプリカらしい。奥には階段がある。玄関に近い部屋は応接室。その隣に使用人部屋……と言っても応接室に客が来た時に待っていてもらう小さな部屋。その隣に日本で言う所の居間……リビング。ここまでが横並びでリビングとは直角にある所が食堂……つまりダイニングでその奥が厨房、キッチン。貴族の屋敷とは違うのは、貴族は割と使用人を人とは認めない者が多いので使用人しか立ち入らないだろうキッチンが主人である貴族の視界に入るような造りにはなっていないのに対し、いくは富裕層でも平民の家である此処はダイニングの奥にキッチンがあった。外から裏を見るとキッチンともう一つ飛び出たような空間があるが、キッチンの隣にあるのは使用人達の部屋。最大で五人が雇えるので五人が住み込める部屋割になっている。更に裏……外に出るとお手洗いがあって使用人用のお手洗いだとのこと。もちろん、日本で言う所の水洗トイレ。コレだけでもあの小屋で暮らしていた私からすると贅沢な気がする。さて、中に戻り二階に上がる。一階とは違い、二階は左右に部屋がある。右側奥が主人の部屋。その手前に妻の部屋。左側には子どもが居れば子ども用の部屋で居なければ客間として使える部屋が三。主人の部屋と妻の部屋は客間より広く造られている。
「以上となっております」
「……いやいやいや、お手洗いとお風呂は?」
アズの流れるような案内に、オオッとは思うものの水洗トイレ無いしお風呂も無いんですけどそれは?
「二階は各部屋にお手洗いと風呂が付いてますので改めては造ってないのですが……。改めて造りますか?」
「……いえ。すみません、必要ないです」
アズから各部屋に風呂とトイレが備え付けだが、後から造るのか尋ねられて断りました。……あるならいいのよあるなら。富裕層とはいえ、各部屋に備え付きってどんな金持ちが建てた家なんだ……。それとも平民でも富裕層ならそれが普通なのかな。そうなのかもしれない。だって、私がこの家を外から見た時、大きいと驚いたわけだけど周りにも似たような規模の家はいくつもあったし、なんだったらこの家より大きそうな家もあったわけだから。
……普通なんだろうな、きっと。
いや、一階ならば兎も角二階に水洗トイレとお風呂が各部屋完備という、それこそファンタジーな案件はこの際無視しよう。……下水処理とか出来ているんだよね? この世界? 大丈夫だよね? というか、どうやって水を送り込んでるのよ、お風呂と水洗トイレ分。それも各部屋分……。水道管頑丈なやつなの? ポンプで汲み上げてるの? 抑々それくらいの水の確保が出来てんの? ……いや、小説にはそんな細かい描写は無かったぁ! 此処は現実。現実の世界。
本当にどうやってその辺の疑問を解消しているんだろう。アレか。ファンタジーの一言で乗り切っておくべきか。
……うん、そうしておこう。
私は考えることを辞めた。
「じゃあ、私の部屋って?」
「主人の部屋です」
気を取り直して尋ねたら速攻で返事された。というか、当たり前でしょう、何を言っているの? という顔だ。そうか当たり前なのか。……さっきチラリと見た主人の部屋って日当たり良さそうで小屋で使用していたベッドの三倍……いえ五倍くらい広そうなベッドがあったな……。本当にその部屋でいいのかなぁ。
あ。
気付いてしまった。
「ええと、アズ」
「はい」
「こんな大きな家で私とアズで暮らすんだよね?」
「左様でございます」
またもや何を当たり前のことを、という顔をされた。うん、そうだよね、そう思ってた。でもそれだとさ、色々話し合うべき案件があるよね?
でもその前に。
「そうだよね。……ところでヘルムさん、いい加減、私のことを下ろす気はないですか。疲れませんか?」
そうなのだ。
アズがこの家を案内してくれている間も、ずうっとヘルムさんは私を抱っこしていた。いくら私が痩せっぽっちでも十二歳なのでそれなりに成長している。……はず、多分。だから軽いとか言うヘルムさんでももう疲れているはず。何しろ日本で言う午前中から夕方……というかもう夜の帳が落ち始めているのだから。……腕、痺れてもおかしくないのでは?
「いやぁ、ネスティーちゃん、軽いから全然へいき〜」
なんて笑って言うヘルムさん。
でもまぁ下ろして欲しいのと喉が渇いたので食堂で下ろしてもらった。
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