1-2 晴れて平民生活
宰相様が領主の侯爵領は、宰相様自体は経営に関わっていない。
この辺は宰相補佐様経由でアズが確認しているし、ヘルムさんも「公爵様の調べでも同じだよ」 とヘラリと笑ったので、事実のよう。では、誰が実質的な領主なのかと言えば……宰相様の義弟だそう。つまり、妹さんの夫ということだ。宰相様にはご子息が三人居て長男の方が後継ぎと目されている、らしい。ただ宰相職は実力主義なので代々ではなく次の実力がある人が後継となるそうなので、宰相様のご子息方が次の宰相ということはない、とアズが教えてくれていた。
取り敢えず、今の宰相様は宰相職が忙しくて領地にまで手が回らないらしく、妹の夫である義弟さんに領地経営を頼んでいるとか。
但し、何から何まで任せる気はなく、領地の補佐である義弟さんを支える執事や侍女等の使用人は宰相様の家である侯爵家の者で、何か……具体的に言えば義弟さんがやらかしたら……執事さんから宰相様へ連絡がいくようになっている、とか。おまけに宰相様も義弟さんの報告書を読んで吟味し、時には前触れなく領地を視察しているとかで、だから宰相様の領地に問題は無いだろう、とのことでアズは補佐様経由でこの領地に私との新生活の基盤を作ってくれた。
……わけなんだけど。
「ねぇヘルムさん」
「んー?」
「私、平民だよねぇ」
「平民だねぇ」
「平民って、こんな豪華な家に住めるの?」
アズが宰相様の領地にて生活の基盤を作ると言ってくれたので任せていたわけだけど。ヘルムさんに連れられてやって来た、私とアズが暮らす予定の家は、伯爵家本邸より小さいが、私の居た離れよりデカイ。
「うーん……。平民でもこの大きさは無いなぁ。裕福な平民?」
「やっぱりそうだよね? そう思うよね? 私が住んでた離れより大きいよっ」
「ネスティーちゃんが居た小屋よりは、平民の一軒家の方がデカイからね! ネスティーちゃんの感覚が間違いだから!」
私が住んでた離れより大きいと言えば、さすがにヘルムさんが比べる対象じゃないから! と叫んだ。
「えー……私の感覚が間違いなの?」
「そう。俺でも親が生きてた時はネスティーちゃんみたいな小屋じゃなかったから!」
「でも、この家は大きいんだよね?」
「それは、そう」
どうやら私の感覚はオカシイとのこと。
いや、前世の感覚では確かに小屋だと思ってた。
でもこっちの世界では平民の家ってこんな小屋なのかなって思ったんだもん。……無知って罪だよね。
この家は平民から見ても大きいけれどあの小屋は平民でもナイ、ということ。
「この辺の家、みんなこんな大きさだけど……もしやお金持ちの集まり?」
「おー。ネスティーちゃん、やっぱり賢いなー。そう。この区画は富裕層だな。辻馬車に乗ってた時の景色は覚えてるかい?」
そういえば、馬車からの眺めに夢中になっていて、大きさなんて考えてなかったけど(前世の記憶が蘇ってから初めての外だし。ロイズデン公爵家を訪れた時は窓を開けてないから景色は見てないのよ)確かに小屋よりは大きくて、でも目の前の家よりは小さな家が点在していたなぁ……。
王都内は区画整理でもしているのか綺麗に家並みが揃っていたけれど王都を出たら点在の一言に限るくらい、バラバラに家が建っていた。それも明らかに築数十年単位の……。所謂借家みたいな感じなのかな。賃貸料支払ってる感じ?
そういえば王都内はアパートもチラホラあって、日本人が書いた小説の影響? とか思ったっけ。でもなんで王都の外は途端に点在? 田舎の風景を目指してるの?
まぁそれはさておき。
ヘルムさんの言いたいことは理解したので、つまり平民の家の大きさは、馬車の窓から見えた家並みが普通なのだろう。となれば、やはりこの家は大きい。まぁヘルムさん曰く富裕層らしいし、ね。……えっ、富裕層って金持ちってことだよね? 収入無いのにこんな家に住めるの?
「何やらまた考えているみたいだけど、侍女殿が待ちくたびれていると可哀想だし、取り敢えず中に入ろうか」
ヘルムさんは相変わらず私を抱っこしたまま玄関のドア脇にある呼び鈴を鳴らした。アレだ、ピンポンよりジリリリの感じの呼び鈴。パタパタと微かに足音……走る音? が聞こえて来てやがて息を切らしたアズがドアを開けた。
「お嬢様っ」
「アズ」
「公爵様の使いの方から予定が早くなった、とは聞きましたが……本当に、本当に、あの屋敷から出られたのですね」
アズはヘルムさんに抱っこされている私の頭や顔をソッと撫でて私という人間を確かめて……やがて静かにホトリホトリと涙を溢した。
こうやって想ってくれる相手が居てくれるって……幸せなことなのだ、と私は身をもって知っている。
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