5-7 伯爵家追放
抑々計画ではアズから病をもらってしまった私を心配してオズバルド様経由で“公爵家の医者”が診てくれる手筈となっていた。そこで初めて私が病気に罹ってしまったことが判明し、クリスとフォールを欺くために病の素……謂わばワクチン的な物を摂取して本当に病に罹って、それを知ったラテンタール伯爵から追放の言質を取る予定だった。
つまり。
公爵家の医者に診てもらう、までいかないうちに何故か私が病に罹った、とラテンタール伯爵は知ってやって来た。
でも。
計画通りに進まないのは予測出来たことだし、兎に角私が欲しかった「追放」の一言はもらった。
だったら、予定より早くても構わないんじゃないかな。計画通りに進まなかったら、ということも考えてアズと話し合って来たじゃない。
早過ぎるのは確かだけど構わない。
「……わかり、ました」
お腹空いてるから弱々しい声というか掠れきったガサガサな声で了承する。小さ過ぎて怒り狂ってるラテンタール伯爵には届かないかも。
そう思いつつ、何とかベッドから起き上がって出て行こうと動こうと思っていたのに。
……お腹が空いていつも以上に力が出なかったのもあると思うけど。
それ以上にやっぱり予想外だったのは。
「チッ、貴様なんぞに触れて病に感染したくないが、いつまでも居座られると厄介だ! おい!」
顎をしゃくってラテンタール伯爵の後ろからついて来ていたクリスを含む男性使用人数人に、私をラテンタール伯爵家の門外へ「捨てて来い!」 と怒鳴った。
……親子の情とか芽生えたことは無いけど、それでも弱っている私を無理やり捨てて来い、と言う辺り、予想以上に酷いなぁって思う。
本当、私のことが嫌いなんだか憎らしいんだか知らないけど、目障りなんだろうなぁ……。
他人事のように考えてしまうのは、どのみち本当に動けないから捨てられても仕方ないか、と諦めたからで。
でも、いくら雇い主の命令でも自分達も病に罹りたくはないのだろう、クリスを含めて誰も私に近寄って来ない。
ーーうん、これでクリスの本性も分かったねぇ。
本当に私のことを心配していたら、真っ先に駆け寄って来るだろう。病に罹りたくない、と近寄ってこない時点でいくら先代ラテンタール伯爵に雇われているからといっても限度がある、と態度で示しているようなものだから。
フォールは視界の範囲内に居ないけど、騒ぎにはおそらく気づいているはず。
でもやって来ないのは、私の味方だと知られたくないからなのか、自分も病に罹りたくない、と内心で私を嫌悪しているのか。
まぁ何でもいい。
いや、どうでもいい。
心おきなく二人を切り捨てられる。
でもなぁどうしようかなぁ。
動けないのは確かだからなぁ。ヘルムさんが来てくれる日まで何とか粘って、パンを少しだけもらって動ける程度の余力を生み出して出て行くしかないかなぁ。
だけど、すごく怒り狂ってて「早くしろ」とか「捨てろって言ってるだろ」とか叫んでるラテンタール伯爵に「捨てないで下さい」って懇願するのは嫌だしなぁ。
「金なら出す! 特別手当だ!」
なんて言って、私を放り出させようとしているけど、それでも自分も病気になりたくないもんねぇ。まだ動かないねぇ……。
「私が連れて行きますのでご安心を」
怒鳴り声が聞こえて来たのか、それともオズバルド様の用件なのか。
聞こえて来た声に、ちょっと安心してしまった私。
「誰だ!」
まぁラテンタール伯爵は何度か会っていても、使用人なんて顔も覚えないもんねぇ。
「ロイスデン公爵家のオズバルド様付き護衛ですが、何度かお会いしましたよね」
ヘルムさん。すごく冷静だし、本当に平民なのかなってくらい堂々とした物言いで、ラテンタール伯爵が押し黙ったよ。ビックリ。まぁロイスデン公爵家の名前を出されたらマズイ、という知能が働いただけマシなのかな。
ラテンタール伯爵が黙った後、手が伸びてラテンタール伯爵を退かしている。ヘルムさん、力が強いんだね。で、サッと私の所まで来たと思ったらスッと抱え上げてくれて。
「ラテンタール伯爵様。此方のお嬢様は国王陛下の命によって縁を結ばれたオズバルド様のご婚約者様のはずですが、こんな小屋に押し込められている理由も病かもしれないのに、大声で門外へ捨てて来いと命令している理由も、近いうちにロイスデン公爵様とオズバルド様が尋ねに参りますでしょうから、それまで大人しくお待ちくださいね」
おおっ! ヘルムさん、迂遠な言い回しも出来るんだね!
要するに「首を洗って待ってろよ」って事だもんね。
あ、顔色を変えて慌ててラテンタール伯爵がヘルムさんを懐柔しようと話しかけているけど、ヘルムさんは一切を無視して「ロイスデン公爵様に報告します」ってスッパリ言い切った。
おお、カッコいいね!
ありがとう、ヘルムさん。
「ありがとう」
「気にしないの、ご令嬢。さ、長居は無用だ」
ヘルムさんは小柄で肉も殆ど無いとはいえ、私を抱きかかえているのに、ラテンタール伯爵やクリスを含む使用人達を放置出来る程の健脚で、私を門外へあっさりと連れ出してくれた。
……こんなに簡単に、ラテンタール家の外に出られるなんて、思ってもいなかった。
ーーお母様とお兄様との思い出は朧気ながらあるけれど、でも、お兄様とは生きていればいつか会えるかもしれないし、お母様の形見の品なんてあのラテンタール伯爵が私に与えてくれるわけがないから、私の記憶だけが頼りにしかならない。
そして。
ラテンタール家の屋敷を見ても、何の感慨も湧かない時点で、私の心はもう、ラテンタール家を見限っているんだと思う。
前世の“私”の記憶を取り戻す前の、ネスティーとしてだけの“わたし”さえも、ラテンタール家のことを何とも思っていないことが、心の片隅で感じ取れた。
お読み頂きまして、ありがとうございました。