3ー1 私の現状は
でも、侯爵家の醜聞だよね。
侯爵家……降爵(爵位を下げる)扱いにならなかったわけだよね。問題を起こしたのに。褫爵(爵位を取り上げられる)までにはならないとはしても……。いや、小説の内容だからそういう風にはならなかったわけよね。でも。……ここは現実。現実はどうだったのかな。ま、五十年以上前のことだから、どうでもいいと言えばどうでもいいけど、でも小説と同じ出来事は起きているのも確かだよね。
さておき。
我がラテンタール家のことだ。異母妹だけど養女なんだよね、あの子。
でも、養子・養女はその家の血を引いていても跡継ぎにはなれない。例外が、妻に子が無い場合の養子縁組。この場合は特例措置で男子ならば跡継ぎとして認められるんだっけ。
それからこの国は女が爵位は継げない。だから妻の娘だろうと養女だろうと婿入りした男性が当主代理になる。その場合、確実に自家の血を引く男子が誕生して成人すると、婿入りした当主代理は代理権限を失ってその子が正式に次期当主になる。あくまでも代理なのは他家に乗っ取られるわけにはいかないからだ。うっかり当主に据えて他家から口を挟まれては堪らない。だから代理。
このような場合、孫が成人するまで頑張って当主を続けて、婿に代理権限も与えないで孫に爵位を譲る家もあると勉強したわね。というか、そういう家の方が多いらしい。
さて。現在確定しているのは、父の恋人……義母は子を一人産んだ。それが異母妹。仮令義母が男子を産んでいたとしても、法があるからお兄様がラテンタールの跡取りなのは決定。父はお兄様を跡取りとして認めてる。
でも、私はどこかに嫁がせるだけの存在。だから別に可愛がる必要もない。何しろ可愛い娘は異母妹が居るから。
その上、父似の私はあまり顔が良くない。美形ではないということ。日本でいう十人並み。別にこの顔は嫌いじゃないんだけど、父に似てるのに、父は自分に似た私が醜いらしい。アンタの顔だけどって話なんだけどね。
お兄様は母に似ていて、父は幼馴染以上の感情は芽生えなかったものの、母の顔は割と好みだったようでお兄様を可愛がっていた。
だけど。恋人似の可愛い異母妹を可愛がりたいがために、義母の言いなりになってお兄様を祖父の所へ跡継ぎ教育と銘打って追いやった。
そして私を突貫工事で建てたこの自室という名の離れ……というか小屋に押し込めた。それが母が亡くなっておよそ一年後の七歳。
その時に作られたベッドだから、十二歳の私には窮屈。
あと、トイレというより、穴だよ穴。
驚くよね。水洗式トイレがあるのに、穴しかないんだから。でも、使ってないけど。私の味方である専属侍女のアズと共に味方である庭師のドーセスがこっそり庭師用の水洗式トイレを使わせてくれているから。庭師は、トイレのためだけに一々邸内に入るのが手間だから、それなりに裕福な貴族家なら庭師専用水洗式トイレがあるものだ。
他にこの小屋にあるのは、七歳の身体に合わせて作られた小さなお風呂と五着入れたらギュウギュウになりそうなクローゼットのみだから、ベッドから足が出ても問題は無い。
この五着のうち一着だけが質の良いデイドレス。先程着ていたもの。どうしても私を表に出す必要がある時のために、用意されている。父がすごく嫌そうに渋々ドレス代を出してアズと執事長が準備してくれた。数年に一度、私が成長して着られなくなると新調される。
ちなみに、執事長と庭師とアズは、使用人の雇い入れと解雇の権限を持つ貴族の妻という立場になった義母ですら手が出せない。祖父が雇った使用人であり、執事長と庭師は父も手放せない存在だから。アズの場合は侍女として紹介してきたのが母方の祖父の親友である宰相補佐直々のお声掛かりで、亡き母の娘である私に、ということだから。さすがに父も義母も宰相補佐というお偉い方に逆らう気概はない、らしい。