3-2 追放されるために
「追放、ですか……」
アズが呆然としながら繰り返す。
流石に有り得ない、と夢を否定するだろうか。
「あの、アズ……」
「すみません、お嬢様。流石に驚きました。ですが、確かにそれは夢で見たことでしょう。いくらお嬢様が大人びていても、そのような発想があるとは思っていませんから。
お嬢様が外に出るのに追放されるのが良い、なんて亡き奥様と兄君の思い出があるこの家を出たい、なんて心優しいお嬢様が思いつくわけが有りませんからね」
あ、ごめん。
間違いなく私の発想です。
夢で見た、ということにしただけ。
そりゃ、お母様とお兄様と過ごした思い出のあるこの家から出たくないですけど、抑々その思い出があるのは、本邸ですし。
本邸、今は行けないし。
それならいいかなって思ってます……。
ごめんよ、アズ。
内心で謝る私にアズの独り言が続く。
「そうですか……。お嬢様が追放される夢、ですか。
でもそうですね。このままでは確かにお嬢様が死ぬ可能性が高い。
かといってあの伯爵や後妻に小娘がお嬢様を外に出すとは思えない。何しろ、お嬢様の養育費を前伯爵様が出しているわけで、お嬢様をきちんと養育していなければ止める、と言っているわけですからね。外に出すわけがない。
……尤も、お嬢様がきちんと養育されていないことは前伯爵様もご存知のはずなのに、何の手を打たないばかりか、ただ只管に金を援助しているだけなのが不可解ですが」
アズ、随分と本音が出てる出てる。
「多分、お兄様を守るので精一杯なんじゃないかな」
「お嬢様……。お優し過ぎます。前とはいえ、ラテンタール家の当主だった人が、孫一人しか守れないなんて、甲斐性無しなんですけどね!
お嬢様も守れる力だってあるはずなんですけどね!」
うん、だからさ、きっと、本当は祖父という人は私のことなんて然程気にしてないんだと思ってるよ。
だけどそれを認めてしまうと、前世を思い出す前の“わたし”が泣きそうな気がするから。“わたし”も“私”。混ざり合った私達。きっと私はわたしに釣られて泣いてしまうから。
だからお兄様を守ることで精一杯だって考えたい。
「それで、アズ。どう思う?」
「確かにお嬢様を追放するのなら外に出られますが。お嬢様を追放したら金を貰えないと分かっているのに追放しますかね」
それは、そうだ。
確かに金蔓の私を追放するとは思えない。
「それなら公爵様に良い案をもらいましょうよ!」
突然第三者の声が聞こえて来て、私もアズも肩を跳ねさせる。一体、誰⁉︎
声が聞こえてきた方を見れば、窓の外にはヘルムさんがいた。……えっ。
「へ、ヘルムさん⁉︎」
「こんにちは、ご令嬢」
一昨日会った時のように、にこりと笑って挨拶をするから釣られて挨拶を返したけれど、違う、そうじゃない。
「な、ど、どうやってここに⁉︎」
アズが驚いているからには、アズも知らなかったということだよね。
オズバルド様が来てるってこと⁉︎
「今日はオズバルド様抜きで俺だけ。ちなみに堂々と入って来られたよ。ご令嬢付きのそちらの侍女さんの話では、執事と庭師以外、真面な使用人が居ないって話だけど、本当にその通りだったよ。
ロイスデン公爵家から用事を頼まれたって門番に伝えたら、俺のことをあっさり通したんだもの。
どう見ても平民の俺だよ? ロイスデン公爵家の使用人なのか確認することも無かったよ。一応、公爵家の紋章が入ったお使い文書を持ってるけど、そういったものすら確認しないって、本当に門番なの?」
ヘルムさんがツラツラと我が家の使用人に対するダメ出しをしていく。更に門番が本邸に連絡を入れることもなかったし、案内もしないので本邸には行かずにそのまま此処へ来たそうで。
「……お恥ずかしい限りです」
穴があったら入りたいってこういう気持ちを言うのだろう、と居た堪れない気持ちになった。
要するに警備がザルだと指摘されているわけだし、そんなのが門番ということは、我が家が危険に晒されても自業自得じゃないの? というくらい、我が家を守る意識が低いことが露呈しているわけだから。
「いやぁ、ご令嬢が謝ることではないけど。あんなのを雇うって決めたのは当主でしょ?」
「そうですね……。それとおそらく義母か、と」
ヘルムさんの呆れた口調に、更に身を縮こませる。
親や家族とも思わないけれど、それでも身内の恥を晒しているわけなので。
「あー……。納得。夫婦揃って人を見る目が無いのか。ご令嬢も肩身が狭いね」
「まぁ」
「それにさぁ……あまり言いたくないけど、護衛が居なくない?」
その指摘には、アズも私と一緒に顔を俯かせた。
物凄く痛い所を突いている。
いや、誰でも気づくよね、普通。
「領地が狭い、或いは爵位だけの貴族だと、収入の問題から門番を置けなかったり護衛を雇えなかったりするけど。そういう貴族は、平民の兵士を雇って護衛してもらうとか、貴族の王家騎士団に警邏の回数を増やしてもらうとか、普通はそういうことを考えると思う。
伯爵位以上の高位貴族だって貧乏なら、そういうことをお願いするよね。
でもさ、お金がそれなりにある伯爵位以上の高位貴族って普通は門番以外に、門内……つまり敷地内の彼方此方に自分の家の騎士団を常駐させて警備させるよね?
跡取り子息もご令嬢もついでに養女も居るのに、拐われる可能性も考えてないわけ?」
……うん、気づきますよね、そりゃ。
物凄くご尤もな指摘に、羞恥のあまり顔から火が吹き出そうな思いをする。
こんなこと一つ取っても、ラテンタール家がどれだけ貴族としての自覚がないのか丸わかりだと思う。というか、あのラテンタール伯爵が、というのか。
警備も居ないし、使用人も質が悪いし、抑々雇い主である伯爵がアレだし、領民を大切にしないし、まぁだから……お金も無いことすら分かってしまうはず。
つくづく恥ずかしい家だわ。
お兄様は領地だけど、一応ラテンタール伯爵の娘である私と異母妹を守る意識すらない。まぁ私のことはどうでもいいだろうし、私が拐われても何とも思わないとは思うけど、異母妹のことが大切とか言いながら、警備がザルって拐って下さいって言ってるようなものだよね。
そういう頭すら回らないし、金も無いから護衛も雇えないし。
アズから教わったことによれば、それなりに名門の家柄の貴族は私設騎士団を所有している事が多いらしい。
特に高位貴族は。
平民のヘルムさんだってそれくらい知ってるわけだよね、今の指摘からすれば。
実際、ロイスデン公爵家を訪れた時にはロイスデン公爵様のお抱え騎士団が常駐してたし。
ラテンタール伯爵にそんな頭は無いよね。
お母様が生きていらした時でさえ、私設騎士団も無かったし、兵士も騎士も雇ってなかった。
……アレ? もしかして、祖父の頃もそうだったのだろうか? お母様との結婚を機に、祖父は前ラテンタール伯爵として息子に爵位を譲ったから分からないな。
なんてことを考えて現実逃避をしていたら、
「その指摘を最初から理解出来る者でしたら、お嬢様はこんなことにはなっておりません」
アズが淡々と答えた。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




