2-3 アズと夢の話
「ねぇアズ」
「ボーテ侯爵家のことでございますね?」
呼びかけただけで確認してくるアズは有能な侍女だからなのか、それとも元々話す気があったから頃合いだと思ったからなのか。
「教えてくれる?」
「もちろん、そのつもりです」
そうしてアズが語り出したのは、血筋のこと。
「ボーテ侯爵家は随分前から時折、その血筋の女性に夢の中で過去や未来を見る方が居たそうです。宰相補佐様がこのラテンタール家に来る前に教えて下さいました。
実は亡き奥様のお祖父様の妹君がやはり過去や未来を時折見たそうです」
あまりのことに呆然としてしまう。そんな人が居るなんて聞いたことがない。
「まさか」
「信じられないのも無理はありません。ボーテ侯爵家の血筋のことは王家や政の中心的存在の宰相様とその補佐様くらいしかご存知ないそうです。
おそらくどの公爵家もご存知ないことか、と。まぁもしかしたら知らないフリをして知っている可能性は有りますが。
それくらい秘匿にされているのに私が知っているのは、ラテンタール家に嫁いだ亡き奥様かお嬢様に、その血筋が現れるかもしれない、と宰相補佐様が思われたからだそうです」
「それは……確かに可能性はあるだろうけれど」
お母様は多分そんな血が出なかったし、私のは過去や未来というより前世の小説の記憶だし。
だから可能性はあっても確定でもないのに、と疑問に思ってしまう。
「実際、お嬢様にその血が現れています。それに、お嬢様から見て曾祖父に当たられる方の妹君は、亡くなる間際に、兄の孫か曾孫辺りにまた、夢で過去や未来を見る者が現れると仰られた、と。
亡き奥様の他にもう二人女性は居るそうですが、亡き奥様含め、今のところ誰もその血が現れていない。そして、他の二人の女性が産んだ子は男子ばかり。
女子が産まれたのは亡き奥様の子であるお嬢様だけ。
それ故に宰相補佐様は、お嬢様がその血を持つのではないか、と思ったそうです」
いやいやいや、私は絶対に違うよ?
単に前世の記憶が蘇っただけだもん。
「そんなことは……」
「いえ、お嬢様は絶対にそうだと思います。何故なら、今までのお嬢様と違うから、です。お嬢様は一体誰なのか尋ねましたね?」
そういえば一昨日、急にオズバルド様が来たとかで騒がしくなった時にそんなことを聞かれたような……。
「宰相補佐様へ至急で連絡を取りましたら、その血が現れた女性は急に大人びた考え方や趣味嗜好を持つようになるそうです。つまり、間違いなくお嬢様が、その血が現れた方なのです!」
凄く興奮したように言うアズに、ちょっと引く。
いやぁ……絶対違うと思うんだけどなぁ……。
「私、大叔母様……? みたいな凄い人とは違うと思うんだけど……」
「いいえ、間違いなくそうです! 過去や未来が見えた女性の方達のことを少しだけ宰相補佐様から教えてもらったことによれば、国を発展させるような夢を見た方や、お嬢様みたいに個人の夢を見た方など色々だそうです。
ちなみに、この国のお手洗いやお風呂と言うのは、ボーテ侯爵家の女性が見た夢が元になって作られたそうです」
トイレはお手洗い。お風呂はお風呂。
という日本語でこの国には浸透している言葉って、過去のボーテ侯爵家の女性が見た夢がヒントになったんだー。
へー。すごーい。
……って、違う、そうじゃ、ない!
それって、それって、それってそれってそれって!
ボーテ侯爵家に何人か、前世日本人の記憶がある女性が生まれたって話なんじゃないのっ⁉︎
「つまり、ボーテ侯爵家生まれの女性には、私みたいな人が何人もいた……?」
「はい。実際、ボーテ侯爵家から嫁がれて、その方が産んだ娘に血が現れた、ということもあるそうです」
え……。
ということは、確実に私もそうだって思われる案件ですよね。あー……。そうなんだー。もう、何も言えない。
「じゃあ、私が見た夢もその血が見せたもの……?」
話を合わせておこう。そうしよう。
「はい。ですからお嬢様、怖がらなくていいですからね。お嬢様のは血筋なんです。気に病む必要は有りません」
アズが力強く肯定してくれたので、もしうっかり前世の記憶をポロッと話しても、これからは「夢で見た」 ということで押し通そうと決意した。
「でも、それってボーテ侯爵家の人だけなの……? それも女性だけ……?」
あとはそこが疑問。他にも沢山居てもおかしくないし、男性に現れてもおかしくないと思うの。
「はい。宰相補佐様のお話によれば、ボーテ侯爵家のみ。それも女性のみだそうです。それが何故なのか、不明ですが」
ふぅん……。
まぁ謎が全て解明されていたのなら、抑々私が小説の世界に転生していることも解明出来そうだしね。深く考えても分からないだろうし、考えるのは止めよう。
私、四十五歳まで生きたけど、水洗トイレの原理は理解出来ても細かい造り方なんて知らないし。
そういえばキッチンを見たことないから分からないけど、ガスコンロなのか所謂オール電化なのかも知らないけど、オール電化にすることなんて無理だし。
……いや、電化製品は無いな?
あったら電線が伯爵邸の上にあるはずだし。
この離れに電気が来ていなくても本邸に電気が通っていれば電線はあるだろうから。つまり電気は無い、ということ。
でも私に電気の造り方なんて分からないからね。つまりこの国だか世界だかをより便利にするのは無理。
……うん。決めた。今後も前世の記憶は喋らない方向で。もし喋るのならあくまでも小説『荒波の向こうに』の内容のみにしておこう。
お読み頂きまして、ありがとうございました。