表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/225

10-4 間話・望んでない婚約者〜オズバルド視点

 その後の話し合いで、ラテンタール嬢を虐待から救うことと、横領疑惑のラテンタール伯爵の罪を暴くために証拠集めをする事になった。横領は、出来れば疑惑であって確定しないでもらえるといいのだが。

 彼女が巻き込まれてしまう。ただでさえあのような辛い目に遭っているというのに褫爵(ちしゃく)(爵位剥奪)の憂き目に遭ってしまったら、彼女はどうなるというのか。


 横領はどんな事情があっても罰は褫爵以外無い。


 それから返金に関しては事情を考慮される。

 だが事情があって横領するというのは、殆どの場合平民が政務官にでもなって、家族が病に罹患したため、その薬代が高くて横領に手を染める、というようなもの。

 だが、貴族が横領に手を染めるのは、殆どが身の丈に合わぬ贅沢が止められずに……というような、どうしようもない身勝手な理由ばかりだ。

 例外もあるがおそらくラテンタール伯爵家が横領をしていたとするなら、同情の余地もない理由だろう。

 事情があっての場合は、返金に猶予を持たせるし、仮に全額返金出来ずとも返せるだけで構わない、と慈悲を与える。

 だが身勝手な理由での横領は、猶予も与えず即刻での全額返金。それが出来ないのなら人員が不足している日雇い仕事等で働いて全額返してもらう。

 尚、家族も横領を知っていた或いは積極的に関わっていたのなら、同罪として同じく即刻返金を求められる。

 知らなかった場合は、状況に応じて考慮される。

 ラテンタール伯爵令嬢は、この知らなかった場合の状況に応じて考慮、の部分に当たるだろうけれど。出来れば、横領は疑惑であって真実ではないことを願う。彼女のために。


 伯爵家が褫爵の憂き目に遭ったら、あんなか弱い彼女はどう生きていくのか……。


 それから。父上は私に彼女の婚約者の地位を使って伯爵家での証拠集めを命じた。

 一人では限界があるだろうから、と人の心理を読むのに長けた使用人を連れて行くことを許された。

 この使用人……名をヘルムと言う。元は孤児。孤児院出身で人の顔色を窺って生きて来たからか、人が嘘をついたことを直感で判断できる、と父上が紹介してきた。

 我が国の平民に多い茶色の髪と茶色の目。肌が焼けていて黒いのは孤児院に居た頃から畑仕事をしていた事で日焼けしているらしい。

 侍従見習いとしてお仕着せを着せているが、やや窮屈そうなのは着慣れていないからだろう。訓練をしたので護衛も兼ねている、と父上が言っていた。

 とはいえ、先ずは彼女に話せる事のみ話して、私が“婚約者”として自由に行き来出来る許可を得る必要がある、ということで我が家でお茶会をしよう、と招待状を送った。


「愚かな男だ」


 招待状を送って返信が来た、と父上から言われて執務室へ向かえば、先に返信に目を通した父上が嘲笑っていた。


「どうかしましたか」


「ラテンタール伯爵令嬢は寝込んでいるから、養女殿を代わりに寄越す、とな」


「寝込んでいる⁉︎」


 養女など、どうでもいい。

 彼女が寝込んでいるのなら見舞いに行かねば、と焦る。


「本当に寝込んでいるのか分からないが、直ぐに王命を無視した行動は避けるべきではないのか、と返信をしておいた。それで引けばよし。引かなければ先触れなど不要だ。直ぐにラテンタール伯爵家へ向かい、令嬢の見舞いをして来い」


 出来れば引かずに居てくれれば、彼女の見舞いに行ける、などと不穏なことを考えつつラテンタール家からの再度の返信を待つ。王命の一言に弱気になったのか、回復したら向かわせる、と連絡を寄越してきた。

 それにしても、招待状は彼女宛に送ったというのに、何故父とはいえ他人が勝手に中身を見て返信をしてくるのか。私の父上が返信を勝手に見たのは、先に向こうが無礼なことをしたから、と釈明があったので納得したが。

 しかも、私宛で返信をしたのではなく、何故か父上宛だったそうだ。何故だ。招待状は私の名で彼女宛に出したのに、勝手に中身を見た上に私宛ではなく父上宛に返信する意味が分からない。

 ラテンタール伯爵はどんな教育を受けて来たんだ?


 彼女に改めて招待状を出して、代筆で申し訳ない旨を記された返信が来て、日時が確定する。代筆での返信なのは、寝込んでいてペンも持てないくらい体力が落ちているから、という事だった。

 やはり寝込んでいたのは事実らしい。あれだけ痩せていたのだ。少しのことで寝込んでしまうだろうことは予想がつく。早く会って見舞いに行けなかったことを謝ってから、労わろう。

 そう思っていたのに。

 何故か父上が、彼女と会話をするのは自分だ、と言って来た。私がお茶会に招待したし、私は婚約者なのに。物凄く不満だけど、彼女がどんな令嬢か知りたい、と言われれば反対することも出来ず。当日を迎えた。


 結論から言えば、彼女は父上だけでなく母上にさえも気に入られた。

 いや、気に入られるのは良い。

 良いけれど、私は全く彼女と交流が深められなかった。というか、なんだか彼女は、父上と母上のことをウットリとした表情で見ていたぞ。私の存在を忘れていたんじゃないだろうか。

 しかも、彼女はこの王命による婚約が、最初から解消される前提で考えているらしくて、万が一解消をしたら……という婚約契約書の文言に、「万が一じゃなくて、王命の目的が果たされたら解消してもらえるんですよね?」 と確認していた。


 自分で言うのもなんだが、三男とはいえ筆頭公爵家の子息として生まれた身。婿入りを願う令嬢や、公爵家を継げなくても、他にもある爵位を継ぐ事も出来るだろうと考えて、その継いだ爵位の夫人狙いの令嬢達に常に囲まれて来た。

 まぁそんな令嬢達が嫌で適当に遇らい、親しくならないように線引きはしていたけれど、要するに私はそういった価値のある、俗に言うならばモテる立場だ。

 それも両親共に見目麗しいので、兄上達にも負けず劣らず見目麗しい、と客観的に見て自分で思う。

 アル兄上程知識は無いし、イル兄上程剣の腕は無いが、それでも知識も教養も剣の腕もそこそこにある、と自負している私だ。性格もそこまで悪くないとも自負している。


 そんな私と王命とはいえ婚約したのに、全く未練無く解消するのだ、と思っている彼女に驚いた。そして、それがとてもショックだった。


 彼女は、あんなにあっさりと解消の言葉を口に出来る程、私にまるで興味がない、と言っているようなものだ。


 今まで令嬢達に囲まれて来て、もしかしたら自惚れていたのかもしれない。どんな令嬢も私のことを嫌がらないだろう、と。だから彼女も私のことを嫌がっていないと、勝手に思っていた。

 でも、全く違った。それが酷くショックだった。

 そんな私の心境に気づいているのかいないのか、父上と母上は、彼女が帰ってからサロンへと移動する。私も無言で後をついて行き、普段は騎士団の寮で生活しているため、休みにならないと帰らないイル兄上はさておき、父上の代わりに執務をある程度熟していたアル兄上も加わって、彼女の話になった。


「それで、ラテンタール令嬢はどうでしたか?」


 アル兄上が父上と母上を当分に見る。


「聡明だ。十二歳という年齢にしては、驚く程。

 間違いなく虐待を受けているはずなのに、目が生きることを諦めていなかった。普通は家族から愛されてないのなら、生きることを諦めてもおかしくない。それも実母を亡くしている彼女に寄り添わない父親と一緒に居て。

 真面に食事が出来ていないだろうな。痩せているというより骨と皮だけのような感じだ。

 カーテシーが出来るくらいの力はあるようだが、あれは殆ど気力に見えた。

 生きたい、と貪欲に思っているからこそ、気力があるのだろう。

 そして暴力も振るわれているのに、私にもマリーにもそんなことは言わなかった。家の恥だと思っているようで、口が固そうだった。

 まだまだ大人の庇護下に居ておかしくないのだから、暴力を振るわれていることを口にしてもいいのに」


 父上が暴力を振るわれている、と断言したことに驚いてその顔をマジマジと見つめたら、母上が目を丸くした。


「えっ、オズ、あなた気づいてなかったの? 化粧で隠していたみたいだけど、顔に痣があったわ。それに手足の動きがぎこちなかった。痩せているだけじゃないわよ。掌に何かの傷痕もあったし」


 なんて事だろう。全く気づかなかった。私の目は節穴か。

 それにしても、彼女は一言も暴力のことを口にしなかった。痣が残っているなら相当痛かっただろうに。


「全く、気付きませんでした……」


 落ち込んだ私に父上が容赦なく言う。


「そういう所が未熟なんだよな。ネスティーは、おそらく虐待されている経験が、あの子の精神を大人にさせたんだ。精神的に成長しなければ、自分がおかしくなる、と無意識に判断して無理やり大人になったのだろう。

 そうやって己の心を守らないと生きていけない環境だ、という事だ。

 そんな過酷な環境で育ったネスティーが、筆頭公爵家の三男として育ったオズバルドに見向きもしないのは、仕方ないことだと思うといい。

 オズが知っている令嬢達とは全く違う子だ。私達はアルもイルもオズも甘やかすだけでなく厳しく育てて来た、とは思っている。だが、ネスティーはいつの頃からか、家族の愛情をもらえない生活をしてきた。

 私達は自分の子達を愛しているからな。そういった意味では甘やかすこともあった。

 あの子は甘えたい時期なのに甘やかしてくれる者が居ないから、自分を守るために大人になるしかなかったのだろう」


 甘やかしてもらえる年なのに、甘やかしてくれる家族が居ない。だから大人になるしかなかった。そんな彼女が私に見向きもしないのは……当然のこと、と父上に容赦なく言われて更に落ち込む。でも、そういう事なのだろう。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ