10-3 間話・望んでない婚約者〜オズバルド視点
「帰った」
ラテンタール伯爵家から帰り、直ぐに家令と侍女長と料理長を呼ぶ。集まった三人に矢継ぎ早に指示をしていく。
「今度、ラテンタール伯爵家の令嬢が来たら、母上のお気に入りである百合の花に面する庭に案内してくれ。そこでお茶をしようと思う。お茶は最高級の茶葉を使ったものがいい。それと菓子も最高級の素材を使ったクッキー、いや、マドレーヌの方がいいか? いやそれとも他に美味そうな菓子が……」
「おぉい、何、暴走してんのー?」
私が三人に矢継ぎ早に指示を出していると、三人の背後からのんびりとした口調のイル兄上が私の頭をちょっと強めに叩いた。
「イル兄上……」
「お帰り。落ち着いたか?」
「すみません、ただいま帰りました」
「んじゃ、先ずは父上に報告ね。……君たちは下がっていいよ。ラテンタール伯爵令嬢がロイスデンに来るとしても明日という事ではないからね。来ることが決まったら改めて連絡するよ」
三人へヒラヒラと手を振りながら「忙しいところ、悪かった」 と更に付け加えて、ようやく私もハッとして「済まなかった」 と気不味い思いをしながら言えば、三人は「いえ、それでは」 と少し苦笑しながら持ち場に戻って行った。家令は私たちの後からついて来たが。
「そんなに暴走するっていうことは、噂とは全く違う令嬢だった? いや、いいや。父上への報告を一緒に聞くから」
イル兄上に連れられて父上の執務室を訪れ、待っていた母上とアル兄上と父上に、先程の暴走についてイル兄上が暴露する。アル兄上は目を見開いてから苦笑したけれど、父上と母上には大笑いされた。……仕方ないだろう。もっとたくさん菓子を食べさせたり美味い物を食べさせたりして太らせたかったんだ。
父上に促されて報告する。
最初は笑っていた父上と母上に苦笑していたアル兄上とイル兄上は、私の報告に段々と笑いを収めて眉間に皺を寄せていく。
「そんなに、酷かったのか」
以上です、と言えば父上が大きく息を吐きながら確認してきた。
「はい。ラテンタール嬢は、養女殿と同い年のはずなのに、あまりにも小柄というか痩せすぎ。あれは真面な食事を与えられていません。もっと太らせないと可哀想ですし、折角の可愛さが台無しです」
「あら。オズが女の子を可愛いなんて言うとは思ってなかったわ。可哀想だから同情しただけじゃないの?」
母上に尋ねられて首を捻る。
「確かに可哀想だと思いました。目も生気が欠けていて。でも全く生きることを諦めているわけじゃなさそうでした。真っ直ぐ私を見た目は、他の令嬢達が見せるねっとりとした嫌なものじゃなくて、ただただ、私という人間を見ていただけ。あの大きな目でジッと見られても全く不快にはならなかったですね。それよりもあの大きな目を私に向けておいて、全然笑顔にならなくて、悔しかった。今度は笑顔が見たいです」
私の率直な言葉に、母上が面白そうにまぁまぁ、と笑って「では、頑張らないとね」 と言葉を紡いだ。そんな母上を優しく見ていた父上が「では」 と改まった声で陛下の真意を教える、と告げた。
「抑々の始まりは、自分の店を畳んだとある商会の主人が、知り合いの男爵に話をしたこと。
その男爵は王城で政務官を務めている人物でそれなりの地位にいた。
商会の主人は辺境伯領の平民と結婚した娘の元に夫婦で行くことになったから店を畳んだが、一つ心残りがあった。ある伯爵家の坊ちゃんとお嬢ちゃんを見なくなった、ということ。
商会はその伯爵家の前妻に贔屓にしてもらっていた。だから前妻が生きていた間は年に二回か三回程は坊ちゃんとお嬢ちゃんに会っていた。
ある年に前妻が亡くなると、直ぐに後妻とお嬢ちゃんと同い年の娘が伯爵家にやって来た。
同時に坊ちゃんとお嬢ちゃんは見かけることがなくなってしまったため、気になって伯爵に問いかけた。
すると、伯爵は余計なことは詮索するな、と怒鳴る。これは黙っていないと店が潰れるどころか、自分の身も危ないと思い、商会の主人は黙ることにした。おかげで彼の一人娘は結婚出来るくらいまでに成長して、彼と妻は娘の嫁ぎ先である辺境伯領について行くことにした。
商会を誰かに任せようともしたけれど、自分が贔屓にしてもらっていた伯爵は怖い人だから、店を畳んだ方がいい、と判断した。
そして辺境伯領へ行く目処が立った時に、お世話になっていた王城の政務官を勤める男爵に挨拶をした際、何となく心残りとしてその伯爵家の子息と令嬢のことを伝えた。
男爵としては、ただの世間話で終わらせて商会の主人もそれ以上のことは何も言わなかった。この話は、その二人の間で終わるはずだった」
父上の話に、その伯爵家がラテンタール家であることが分かった。だから、ロイスデン家にラテンタール家との婚約話が出たわけだから。
「ところで、王城の財務を取り扱う財務部では、ある伯爵領出身の平民が何人か決死の覚悟で訴えがあった。
税金を納める額が高すぎる、と。
領地に応じて額は変わるし、収益に応じても額は変わる。だが、その伯爵領は収益が変わらないのに、この三年は税金を納める額が高くなった。
領主である伯爵様に掛け合おうにも話を聞いてもらえない。
領地に居る跡取りと前伯爵に話をしようと思っても其方も聞いてもらえない。だから仕方なく此処に来た、と」
続けられた話に皆の眉間に皺が寄る。勝手に税収を上げるなど罪に問われることだ。それも税収を上げたことを国に報告もしていないのなら、その上がった分の金は何処に消えたのだ、という事になる。
自分の懐に入れた時点で横領だ。
抑々領地から上がる税収は国に全てを納めるわけではない。国に納める分と領地で確保する分があるが、分けるのはその領地の領主。この場合、伯爵家の当主だろう。
だから領民達が伯爵に話を聞いて貰いたい、と願うのも、嫡男や前伯爵に聞いて貰いたい、と願うのも、間違ってない。それを聞かないから王城に決死の覚悟で来た、といった所か。
決死の覚悟なのは、普通に生活をしていれば平民は王城に登城する経験など一度もないまま人生を終えることの方が多いから。その上、貴族を訴えれば問答無用で牢に入れられても文句は言えない。身分というものの差は、それ程に大きく、また王城はその象徴。
「さて。此処で偶然なのか必然だったのか。
いつも通り仕事をしようと登城したとある男爵が居た。
その時、門前で門兵達に何かを訴えている平民達を見た。門兵達も困っているだろうし、と思い、男爵は平民の一人に声をかけた。
訴えを聞いて、深刻だと思い、平民達を宥めて財務部の知り合いの政務官に声をかけて話を聞くように促した。
財務部の政務官はきちんと話を聞いて、上と話し合うから今は帰って欲しい、とその伯爵領の平民達を帰らせた。
財務部の政務官は、知り合いの男爵に礼を述べた。同期だから男爵と同じくそれなりの地位に居る財務部の政務官は、更に上というと、財務大臣となる。
だから其方に話をすることになる。
その時、その男爵も実は気になることがある、と言い出し共に財務大臣へ話をした。
この男爵は店を畳んだとある商会の主人と知人で、出入りしていた伯爵家の話を聞いていた。その伯爵家の話を男爵は思い出した」
父上の長い長い話だが、ようやく理解出来た。つまり、ラテンタール伯爵家は勝手に税収を上げ、自分達の懐に入れたのではないか、という事だろう。横領か。
「財務大臣は、自分の部下と別の部署の男爵の話を聞いて、宰相へ話を上げた。此処で更なる偶然というか必然というかが起こった。
宰相だけでなく、その補佐も話を聞いていたのだが、その宰相補佐はとある侯爵と親しくしていて、その侯爵の依頼を受けて自分の知人の娘を、その伯爵家へ使用人として手配した、と。
尚、その娘は養女殿ではなく令嬢の専属侍女として仕えていて時折報告を寄越すが、商会の主人が気にしていたお嬢ちゃんというのは、その令嬢のことだと思われる。
その令嬢は、家族から虐待されている、という報告を受けている」
私は、父上のその一言で目をグッと閉じた。
虐待。
その一言に尽きるような彼女の姿が瞼の裏に蘇る。
「だが、その侍女からの報告だけで簡単に他家に乗り込むことは出来ない。
侯爵はその伯爵家の前妻の弟にあたるが、伯爵自身が侯爵を突っぱねているため、証拠も無しに伯爵家へ乗り込むことも出来ない、と手を拱いていた、と。
宰相補佐の話を聞いて、横領の疑いに加え、子への虐待疑惑まであるというのなら……と宰相は陛下に奏上。
陛下は、証拠が必要だ、とお考えになったが、前妻の弟である侯爵すら交流を制限しているのであれば、という事で、ラテンタール伯爵子息若しくは令嬢の婚約者として公爵家から人を出してもらう事にしたい、と考えられた。
知っての通り、我が国の公爵家は我が家を含めて王家の親戚であり、国全体の内部調査をすることを請け負っている。王城内の政機関や各家の領地経営などの。
だから我々公爵家は王城で政務官を務めていても名誉職といった形で殆ど登城せずに領地経営に専念している。
そんなわけでラテンタール伯爵家の子息か令嬢の婚約者として公爵家の者を遣わそうと考えた。
だが、ラテンタール伯爵子息は領地に行ったきりで王都に居ない。
それで、令嬢の婚約者として動けるだろう公爵子息を考えた。令嬢と釣り合う年齢の公爵子息は、我がロイスデン家以外にも四つあるから。
その五つの中で陛下は、我がロイスデン家ならば王命を出してもおかしくない、と判断されたんだ。
我が家は代々、高位貴族だけでなく下位貴族とも交流を持つように動くだろう? 他の四つの公爵家は下位貴族との交流は我が家程無いからな。
だから伯爵家とはいえ、どちらかと言えば下位貴族寄りのラテンタール家とも挨拶くらいだが交流している我が家に王命が下り、ラテンタール伯爵令嬢と婚約して、ラテンタール家に人を送り込み、横領の証拠を探すように命じられた」
あと、虐待疑惑のある令嬢についても調査しろ、とも言われたな。父上に視線を向けられた私は、強く頷いた。ラテンタール伯爵令嬢は、間違いなく虐待されている。
父上と母上だってあんな姿の彼女を見たら虐待だ、と絶対思う。演技などであんな細い腕が見えるものか。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




