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10-2 間話・望んでない婚約者〜オズバルド視点

 陛下の真意を教えてもらう事なく、望んでない婚約者との顔合わせに、ラテンタール伯爵家に来た。当主が直ぐに頭を下げて挨拶をして来たと思ったら、やけに着飾った伯爵夫人と養女殿も現れた。養女殿に至っては、子ども達の交流の場として開かれる茶会で見る令嬢達のねっとりとした絡みつくような視線と同じで、しかも煩わしい甲高い声に、許可も無く私の手を取ろうとしてきたので、振り払う。


「痛っ! なに、すんのよっ!」


 ギッという音が聞こえて来そうな程の強い睨みだが、伯爵の「シッティ」 という養女殿を呼ぶ声にハッとしたように、甘ったるい話し方で「痛かったです」 と擦り寄って来たので、無視する。本性が取り繕えてない浅はかな娘だ。護衛を付けているので、私に尚も近づこうとする娘を護衛が阻む。その間に、伯爵も夫人も無視して、さてどうするか、と考えていると一人の侍女がそっと近付いて来て、伯爵達に気付かれないように此方を見て来た。


「そこの侍女、案内しろ」


「畏まりました」


 私が命じた途端、背後でチッと舌打ちが鳴る。三人のうちの誰かはどうでもいい。侍女に対しての舌打ちだろうが、公爵子息が居る前での舌打ちなのだから私にしているのと同じだ。ラテンタール家がどうなっても構わないのだろう。案内する侍女が軽く此方を見て頭を下げた。


「当家の主人及び後妻と養女が失礼致しました」


 この侍女は真面だな。それから前を向いて再び歩き出す。


「当人達に謝って貰いたいものだ」


「あの方々には謝罪という言葉が頭の中には有りませんので難しいか、と」


 伯爵家に雇われている使用人にしては随分な物言いだな、と眉間に皺を寄せたが何も言わない。私には関係ないことだ。代わりに違うことを尋ねた。


「令嬢は出迎えに居なかったな?」


「お嬢様は、事情があって此方には来られません。ですが、ロイスデン公爵子息様に不敬を働こうと思っているわけでも有りません。申し遅れました。私、お嬢様の専属侍女・アズと申します。当家の使用人は他に執事のクリスと庭師のフォールがおります」


 先程出迎えられた時に居た使用人達は、十五人程居たような気がしたが、その他はこの侍女の中で使用人だと認めていないという事か。

 最初からこんな訳ありだと思ってもみなかったが。いや、父上達の話から伯爵達三人のことは何となく予想がついたが、使用人もこの侍女を含めて真面なのが三人しか居ないとは。


「そういえば、跡取りのガスティール殿は?」


「ロイスデン公爵子息様は三人とも聡明だと伺っています。もうお分かりでしょうが、ガスティール様は領地で過ごされ、此処王都には長らく居られません」


「随分と内情を溢すな?」


「隠しても無駄な事です」


 成る程。確かにアル兄上が嫡男を見たことがないって言っていた事の裏付けになる。しかし。伯爵家の使用人である以上、伯爵家に仕えているのだから、こんなにも暴露して良いとは思えないのだが。


「伯爵家の使用人だろう」


「私はお嬢様にお仕えする者です」


 そんなに暴露して良いのか、という意味で尋ねれば、即刻でそんな返事をした。つまり、給金は伯爵が出していても仕える主はラテンタール伯爵令嬢、という事か。


「ロイスデン公爵子息様」


「なんだ」


「不敬を承知で申し上げます。どうか、お嬢様を見ても外見について何も言わないで頂きたいのです」


「……は?」


 それ以上、侍女は何も言わなかったが、言われたことを理解出来ないでいた。それだけ酷い見目なのか?

 疑問は直ぐに解消された。彼方です、と告げた侍女の促す先に座っていたのは、十二歳と聞いていた外見より明らかに幼く見えた。まだ十歳にもなっていないと言われても頷ける程に幼い。立ち上がり出迎えようとカーテシーをした姿が近付くにつれ、フラフラとしていることに気付く。

 当人は多分上手く出来ている、と思っているのだろうが。カーテシーなど初歩的なマナーだ。こんなフラフラした姿など、確かに学ぶことが嫌いなようだ、と思い、直ぐに違うと気付いた。

 どう見ても何年も前の流行らしい型遅れのドレス。一応公爵子息として流行りのドレスの型というのは把握している。五年かそれより前くらいに流行った型では無かったか?

 しかも新調された物ではない。色褪せ具合からもそれは察せる。そして、それ以上にドレスの袖が合わずに腕が見えてしまっている。その腕の細さに顔には出なかっただろうが、驚いた。骨と皮のようにしか見えない。これでは、カーテシーがフラフラするのも道理だ。


 どういうことだ!

 侍女に視線を向けたが、侍女は既に令嬢の背後でハラハラと心配そうに見守っている。これはサッサと挨拶をして座らせる方がいいだろう。

 互いに挨拶を交わし、カーテシーから直った令嬢が私を見た。


 白髪に見える程薄い茶色の髪に、同じくらい薄い茶色の目だが、その目は私を真っ直ぐに見る。強い強い眼差し。大きくて目だけが印象に残る。

 伯爵にそっくりな色合いに顔立ち。伯爵は丸みのある顔に太い眉と大きな目。まるで怒った時に見開いた目のような大きな目で鼻は低く小さく丸い。唇は厚くもなく薄くもないがどちらかと言えば厚みがある。

 目の前の令嬢は顔そのものは痩せているから丸みは無いが髪と同じ色の眉は太く、やはり大きな目。ただ、怒った時の見開いた目ではなく、やや生気に欠けるけれど太陽の光を浴びているからか、大きくても不快感は無い。伯爵と同じく低く小さく丸い鼻をしているが、令嬢の顔だと可愛く見える。唇だけは伯爵よりも薄くて小さめでやはり可愛い。


 ……可愛いってなんだ⁉︎

 私としたことが、何だか変な思考になっているぞ。

 促されて座るが、何を話せばいいのか。取り敢えずテーブルに飾られた花について褒めておこう。しかし、おかしい。令嬢と話すことは今までにもあったし、こんな初歩的な会話から流れるように次々と話せた。こんな上滑りの会話ばかりをしていたことなどない。もちろん誤解をさせるわけにはいかないが、それなりにきちんと向き合って意識して会話をしていたと思う。兄上達程でなくても情報収集を兼ねて。

 だから令嬢から話題を振られたし、私も話題を振って情報収集のために話を続けたが、目の前のラテンタール伯爵令嬢相手では、全く話が思い浮かばない。

 情報収集をしなくては、と思う以上に頭が回らない。

 一体、私はどうしたのだろう。


 間が保たずに茶を飲む。あまり上質とは言えない茶葉で、一口でやめてしまったのだが、ラテンタール伯爵令嬢は、美味しそうに口元を緩めて飲んでいる。

 先程会った当主達の姿は今年の流行をきちんと押さえたドレスを着た夫人と養女殿。三人ともやや丸みを帯びた顔と体型をしている所から食事はきちんと摂っているはず。

 おそらく舌もそれなりに肥えているだろう。

 少なくともこんな上質とは言えない茶葉は、即刻棄てるよう命じそうだ。

 それなのに、ラテンタール伯爵令嬢は……彼女は、この茶を美味しそうに飲んでいる。おそらく本当に美味しいのだろう。ということは、普段はこんな茶葉のお茶すら飲めないということだ。

 出された菓子も一口食べてみたが、私の口に合わない。素朴な味わいというより、あまりにもクッキーがパサパサしていて口の中が渇く。それすら彼女は美味しそうに食べているのだ。古い型の色褪せたサイズも合わないドレスから覗く腕を見ても、先程のフラフラしたカーテシーを見ても、このお茶と菓子を美味しそうに食べている所を見ても。


 あの三人が言いふらしている我儘で勉強嫌いで虐めをして男好きで浪費家な、どうしようもない令嬢は、絶対嘘だ。


 結局、あまりにも目の前の彼女に衝撃を受けてしまって中身のある話など出来ずに上滑りの会話で時間が過ぎてしまい、ラテンタール伯爵家の執事に案内されて帰る。またも玄関であの三人が近寄って来ようとした。護衛の疲れた顔を見るに、ずっと三人を阻んで来たから、私の背後に居なかったのだろう。護衛としてはどうかと思うが、まぁそれなりに腕の覚えがある私だ。仮にラテンタール伯爵令嬢が、三人の言う通りの令嬢だったとしても、令嬢一人を制する事くらい、簡単だった。

 ……実際に会ってみたら、制するどころか、暴れることすら出来なさそうなくらい痩せているから、暴れられるくらい太ってもいい、と思ってしまったが。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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