10-1 間話・望んでない婚約者〜オズバルド視点
「王命が下った」
父上に呼ばれて執務室に行けば、先ずその一言。アルベルト兄上とイルブルド兄上と母上も居る。という事は、全員に関係する王命なのだろう。
「王命、ね」
母上がポツリと繰り返す。外見は太陽のような明るい華やかな母上は、しかし社交界では白百合と言われている。確かに外面は楚々とした雰囲気を醸し出しているなぁと思うが。外面は。
「表向きは婚約だ」
また随分と簡潔な含みある命令だと父上の言葉に思う。
「誰と」
反応したのはアル兄上。嫡男のアル兄上のお相手ということだとしたら、厄介だろう。
「ラテンタール伯爵令嬢と」
「ラテンタール伯爵令嬢? オーデ侯爵家から嫁いだエーメリーの娘ってこと?」
母上が確認すると父上が頷く。母上はエーメリーというのはラテンタール伯爵家に嫁いだ友人だ、と話しながら、但しもう鬼籍に入っている、と言った。つまり亡くなられているということか。
「それで? エーメリーの娘とアルと婚約させよ、と? 仮令陛下の命でも、友人の娘だとしても、簡単にロイスデン公爵家に迎える気はないわよ」
母上は情に流されない人。
見た目の華やかさと楚々とした雰囲気に皆は騙されるがロイスデン公爵家若しくは父上か母上自身に利益の無い婚約を簡単に同意するような、見かけ通りなことはしない。
泣き落としだろうが脅しだろうが色仕掛けだろうが、母上には効果がない。つまり情に流されない人。
友人の娘だろうが王命だろうが母上がノーを出した時点で、婚約は無かったことになる。今回王命だから表向きは受け入れるが、ロイスデン公爵家に相応しくないと判断すれば、その相手は放置されてある程度したら幽閉の憂き目に遭うはず。
まだ為人を見ていないから、見てからの判断だろうけど。
「アルベルトではない。陛下からの命はロイスデン公爵子息とラテンタール伯爵令嬢との婚約。だからオズバルドと婚約させる」
「……私、ですか」
アル兄上でもイル兄上でもなく?
「ああ。息子達なら誰が相手でも構わないらしい」
「誰が相手でも構わない……。ということは?」
母上は裏がある、と気付いて父上に催促する。
「だから表向き、と言ったはずだ。ラテンタール伯爵とその家族について、知っていることは?」
この父上の問いかけにはアル兄上とイル兄上が答えた。アル兄上は嫡男として父上と共に社交界に出て行くと、嫡男同士の交流の場で人脈を築いているようだ。イル兄上は我が国の騎士団に入団している。まだ一番下の新人だけど、民を守る……延いては国を守る、という目標があるわけだが、ロイスデン公爵家の名を利用して令嬢方とお近付きになって令嬢ならではの情報を仕入れている。イル兄上は、だから女好きという不名誉な噂を流されている。
「私が聞いたところ、我儘で手に負えない、勉強もしないから知識も教養もない令嬢」
とはアル兄上の談。
但し、と付け加えるのに「その兄であり、ラテンタール伯爵家の嫡男であるはずのガスティールには一度も会ったことがなく、真偽は不明」 と。下位貴族であっても嫡男同士の交流の場には出て来るのが普通だ。社交界に出て来る年齢ではなくても子ども同士の交流として七歳から十歳までには社交場に子どもは出す。それも嫡男ならば絶対。
アル兄上は普段、高位貴族の子息達が集まる交流の場に出席するが、偶に下位貴族の子息達が集まる交流の場に出席することを七歳の時から続けている。もう十年以上経つ。そのアル兄上が会ったことがない?
「私が聞いたのは、実母ではない義母と養女に迎えた妹を虐めて時に手を挙げている、とか。毎日暴言ばかり、とか。浪費が激しい、とか。男好きで常にあちこちの子息に声をかけるふしだらだ、とか。そんなことをラテンタール伯爵家の養女殿から直接伺ったよ」
とはイル兄上の談。
但し、と此方も兄上が付け加える。「暴言や虐めに浪費は分からないけれど、男好きなのは寧ろ、ラテンタール伯爵家の養女殿の方に見えたけれどね」 と言いながら、やっぱりイル兄上も当人であるラテンタール伯爵令嬢に会ったことがないらしい。アル兄上と同じく高位貴族の集まりだけでなく下位貴族の集まりにも顔を出すイル兄上が?
「そうね。私も夫人のお茶会でエーメリーの後にラテンタール伯爵夫人となった女を見たけれど、自分は先妻の子に嫌われていて無視されて追い出そうと画策されている、と涙ながらに語っていたけれど、あれは嘘泣きだったわね。見かける度に最先端のドレスを着ている時点で夫であるラテンタール伯爵に大切にされているはず。そんな伯爵がエーメリーの娘があの女を虐めていることを咎めないはずはないわ。それに泣いて同情を誘って慰められれば次の瞬間、笑みを浮かべるあの女が大人しく虐められるような女のわけがない」
母上もそんなことを言う。
「私自身も当主同士の交流の場でラテンタール伯爵を見かけた時、伯爵は娘が我儘でどうしようもない、と嘆いているのを見たな。それも大袈裟に。領地に押し込めて再教育をさせると良い、と忠告している者も居たのに、そんなことをすれば娘が暴れて手が付けられない、と。だが、あれは演技にしか見えなかった。下手な役者の、な」
父上までそんなことを言い出した。
三人が三人ともラテンタール伯爵令嬢を酷い令嬢だと言っている。だが嫡男もその令嬢も誰も見たことがない。
そんな令嬢と王命による婚約……。
裏がある、と言っているようなものだ。
一体陛下は何をお考えなのか。
「そんな令嬢との婚約ですか」
つい言葉が零れ落ちる。
「そうだ。陛下からその真意を伺った。納得したから受け入れた。あの伯爵家はおかしいからな。だが、実際に会ってみてその令嬢が三人が口にするどうしようもない令嬢だったならば、陛下にご報告して即、解消する」
陛下もそれに同意していらっしゃるようだ。
私の役割はその令嬢の様子を見る、ということらしい。
正直、ロイスデン公爵家とはいえ三男の私は、婿入りも考えてなかったので、婚約者など望まない。面倒くさい、としか思えないまま、取り敢えず会う事になった。
父上は、その令嬢に実際に会ってから陛下の真意を打ち明ける、と言って、今は教えてくれなかった。
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