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9-2 婚約契約書の提示

「では、ネスティーが望む条件を」


 ベルトラン様に促され、考える。本来ならこういったことは大人が考え話し合うべきだと思うけれど母は亡くなり、父はアレだから頼れるのは祖父母或いは伯父伯母等の親戚若しくは家令か執事。でもこの場にはその誰も居ない。一度持ち帰って条件を精査して改めて提示をするのが普通なのだと思う。

 でも、勘だけど、多分持ち帰ってしまえばこの話は無くなる。

 ベルトラン様がラテンタールの家名ではなく私の名前を呼んでいることから、私個人との契約にしようと考えていらっしゃるのではないか、と思う。……多分。

 だから後ほど条件を提示する、と答えた瞬間に契約書はなかった事になる。


 王命による婚約が締結している以上、契約書は不要。だから後ほど、と言った瞬間に契約書が無くなっても最初の状態に戻るだけ。でも契約書が有れば、私は兎も角お兄様がラテンタール伯爵家を継ぐ時には有利になるかもしれない。

 そう、例えば、今回の使用人に対する内情調査とやらが、我が家の醜聞になったとしても、ベルトラン様の後ろ盾を得たい、とすれば。

 これでも四十五歳まで生きて、会社と雇用契約していたから、少しは契約について知ってる……はず。よし、後ろ盾の確保を条件に提示しよう。


「一つ。内情調査とやらで発覚した何らかの悪事があった場合、それが使用人のみなのか、それとも父達にも関わるのかは置いておいて。そうなった場合、跡取りのお兄様は何の関係もないとは思いますが、ベルトラン様の口添えを頂きたい、です」


「ふむ、私の後ろ盾か」


 さすが、としか言いようがないです。私の真意をあっという間に理解されてしまいました。


「それが例えば、父達家族だけでなく、祖父である前伯爵の関わりがあったとしても、其方はお任せします。お兄様だけは」


 お兄様側から出される手紙はおそらく読まれている。私から出した手紙も、中身を父が読んで、自分に不利なことが書かれていないのを確認してから、領地に届けられているのだと思う。

 お兄様への手紙にしか書いてないことを異母妹が口にして私を嘲って来たことがあった。あれは他愛ないと言ってしまえばそれまでかもしれないけれど。ダンスの練習をしたことがないから社交界にデビューした時、恥を掻かないか心配、という内容。それを踊れなくて可哀想、と嘲笑ってきた。この時、私がお兄様に宛てた手紙は父が読んでいる若しくは義母と異母妹も読んでいるのだ、と知った。

 そして、この手紙に関するお兄様の返事が一つも無かったことで、ダンスの練習をしたことが無い、という内容の手紙はお兄様に届いてないのだ、と知った。二年前の十歳の時のこと。


 それ以前の手紙にも家族とは名ばかりの相手から罵倒されたり暴力を振られたりしたことをお兄様への手紙に書いたのに、それについて心配の一つもないし、何の情もないことに違和感があったことを思い出して、自分達の不利になる内容の手紙はお兄様に届いてなかったのだ、と理解した。

 お兄様が領地に送られるまで、ずっと仲が良かった。

 父に罵倒されても母に庇われ兄の小さな腕の中で守ってもらえていた。

 その兄が領地に行った途端、私を気遣わなくなるなんて思ってなかった。

 だからきっと、兄から届く手紙も父が目を通して、私を気遣う内容のものは全て届いてないのだと思う。執事のクリスが父の目を掻い潜って届けてくれる手紙も、もしかしたら有るかもしれないけれど、多分お兄様が出してくれる手紙の何通かに一通くらいしか、私の手元に届いてないのではないか、と思っている。


 十歳の時に絡繰に気づいてからは、それまでお兄様は私のことをもう可愛がってくれないのだろうか、と悩んでいたことも辞めた。

 お兄様は今までと変わっていない。と信じられたから。


 だから、私に出来ることでお兄様に感謝を伝えられるのなら、ロイスデン公爵家の当主の後ろ盾を遠慮なく望ませてもらう。


「いいだろう。他は?」


「婚約が破棄か解消になった時もお兄様に不利益が無ければ有り難いのですが」


「いいけれど、ネスティーは?」


「私ですか。お仕事を紹介してください」


 お金を下さいというより、お仕事が欲しい。何せ前世社畜ですから。何もしないで一生遊べるだけのお金をもらっても銀行も無いこの国じゃ、どうやって自分で管理すれば良いのか分からないし。伯爵家に隠して置いといても、何となくあの義母と異母妹が嗅ぎ取って隠し場所を見つけそうだし。抑々隠し場所もないけど。そう考えると平民になる事を見越してお仕事を紹介してもらう方がよっぽども精神的にも将来的にも良い。


「お仕事……あらまぁ、貴族の令嬢が働くなんてあまり無いことよ?」


 マリーベル様が驚いたように声を上げてますけど、あまりないのであって全く無い訳じゃないし、多分、この驚きは演技だと思う。だって筆頭公爵家の公爵夫人だもん。色んな噂を耳にしてるだろうし、あまり無いという言い方で、働きに出ているご令嬢が何方なのか把握くらいはしてそう。だから私が働く事は然程驚く内容じゃないはず。何か驚く振りをするようなお考えがあるのでしょうか。


「ラテンタール家がどのくらい収益があって支出がどのくらいなのかさっぱり分かりませんが、父は持参金無しで私を受け入れてくれる方を探していたようなので、王命によるこの婚約が無くなったらそのような方と婚約を結ぶ事でしょう。貴族令嬢としては家のための結婚を嫌がるのは許されない事なのでしょうが、なるべくなら結婚したくないので、ベルトラン様にお仕事を紹介してもらって働いた給金を父であるラテンタール伯爵に渡すことで、結婚しなくてもいい、と認めてもらおうかと思ってます」


 適当なことを言ってみました。

 結婚したくないのも本当ですし、この婚約が無くなれば持参金無しで来ても良いという家へ私を出すのもおそらく本当でしょう。もっと言えば、向こうから支援してもらえるような家ならば尚良し、みたいな。

 でも働いて父に給金を渡すなんて殊勝なことはする気無いです。自分で稼いだ金、自分のために使いたいし。


「ふぅん。だったら、ネスティーちゃん」


 “ちゃん”付け⁉︎

 えっ、そんな仲良しでした⁉︎


「何でしょうか、マリーベル様」


「あなたを買いましょう」


「……えっ⁉︎」


 私を買うって、なんですか⁉︎

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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