9-1 婚約契約書の提示
「公爵様、何か」
「ベルトランでいい」
呼び止められたから尋ねたのに、名前を呼べって畏れ多いですけど⁉︎ でも、ニッコリと笑顔の公爵様には逆らえず。
「ベルトラン様、あの、王命による婚約の経緯は伺いましたし、他に何か有りますか」
「ラテンタール嬢は、十二歳と聞いている。その歳でここまで大人の事情を弁えているのも珍しい。それにだいぶ賢い。私の立場や身分を理解した上で言いなりになるでもなく自己主張が出来る。それだけ聡明ならば次期ラテンタール伯爵も安心だろう」
随分と買い被った評価を頂きましたが、お兄様の足を引っ張ることが無い、と太鼓判を押してもらえたようでそれは有り難いですし嬉しいので、素直に受け入れましょう。
「ありがとうございます、ベルトラン様」
「素直なところも気に入ったわ。私もマリーベルと呼んで頂戴ね」
わぁっ。夫人からも名前で呼ぶことを許可されましたぁっ。やったぁ。って、そんなわけないです!
えっ、一体何がお気に召されたんですかっ! 公爵様も夫人も私の何をお気に召したんですかぁ! 名前呼びなんて畏れ多いし、何か裏がありそうで怖いですよっ!
「ありがとうございます、マリーベル様」
内心の絶叫が口から出ることはなく、私は夫人の名を有り難く呼ばせてもらいました。こうなりゃ自棄だわ!
「さて、ネスティー」
急に公爵様に名前を呼ばれましたよ。なぁんか嫌な予感しかしないの、なんでですかね?
「はい」
「婚約契約書を作成しよう」
はい? 何だって?
「ええと、王命でオズバルド様と婚約が締結していますよね……?」
王命なんだから、婚約は既に締結されてて、まぁ事情が片付けば解消になるでしょうけども、改めて婚約契約書を作成する必要って何か有ります? あれって確か、互いに不利益を出さないためのものですよね?
前世でも結婚前に誓約書みたいなの書く夫婦とか居たらしいですけど、ベルトラン様の言う婚約契約書ってソレです、ソレ。
貴族同士の結婚って王命以外だと政略結婚か恋愛結婚で、どちらの結婚に関しても本人同士で契約書を作成したり家同士で契約書を作成して互いの家と王城に提出するわけですけど。王命ですよね? この婚約って。必要無いと思うんですけど?
「改めて、だよ。君には話せない部分もある婚約なのに話せる部分だけで納得して受け入れたからね。せめて今後、君が不利な立場にならないように、君の望む条件を盛り込んだ契約書を作成しようか、と」
ベルトラン様の言葉は、つまり今後、オズバルド様と婚約を解消した暁には私が不利益を被らないようにという配慮のようです。
確かに王命による婚約ですからね。公の場で発表していなくても耳聡い貴族達が居るでしょうから、私というかラテンタール家に嫌がらせやら陰口叩きやら、して来ないとも限らないですよねぇ。まぁ父と義母と異母妹が何かされようと別に構わないですけども。代替わりしたお兄様が苦労するのは嫌ですね。
婚約が解消された後、私が苦労することもベルトラン様は考えていらっしゃる、という可能性も有りますね。まぁ別にロイスデン公爵家に捨てられた、と陰口を叩かれても問題無いし。まぁロイスデン公爵家が捨てた、なんて愚かなことを口にする者は居ないとは思いますが。まぁでも、結局そういう噂の種になるということでしょう。そうなった私が肩身の狭い思いをしないように、という配慮でもあるということですね。
うーん……。私自身はどうでもいいんですけど、お兄様の未来を考えると、有り難い申し出、ですかね。
「よろしくお願いします」
色々と考えた結果、私は頭を下げました。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




