8-10 ロイスデン公爵家にて
「近付きたくても近付けない?」
オズバルド様が眉間の皺を更に深くしてどういう意味だ、と呟きながら私とアズを交互に見て来るけど、それについては別に話す必要はない、と私は素知らぬ顔をし、アズも無言を貫いている。多分公爵夫妻に命じられれば私もアズも話しただろうけど、それもないし、このまま話さなくても構わないと思われる。
オズバルド様は少しの間、沈黙して此方を窺っていたけれど諦めたのか小さく溜め息をついてから、気持ちを切り替えるように続けた。
「調査したい使用人については、王家から指示があった。その使用人はラテンタール伯爵家に居ることまで把握出来ている。そこから先の調査を指示された」
「それで、この婚約が調った、と?」
私の確認にオズバルド様がコクリと強く頷く。
うーん……。違和感ない説明に思えるし、私もあまり関わりたくないから深く聞く気はないけど。
「古い歴史で滅亡した王家についての勉強とかでは、よく王家の影とやらが居る、とか言いますよね? 臣下みたいな存在? 調査専門の。そういった人を送り込めばいいんじゃないですか? 態々私とオズバルド様とを婚約させる意味が分かりません」
オズバルド様が主役の『荒波の向こうに』 には、そんな王家の影という忍びみたいな存在は出てこなかったけれど、ネスティーに生まれ変わってアズから歴史を教わっている時に、他国の王家には影と呼ばれる存在がいた事もある、と知った。滅亡した王家みたいだけど。
「正確には調査だけでなく護衛もするし、もっと言うならば対象相手の発言や行動全てを監視し記録する、かな」
公爵様が影という存在についてそう説明して来た。
調査だけでなく護衛や監視もするのか……。ん? 監視に全てを記録? それ、国王陛下辺りに報告するってことだよね?
「全てを監視、とは」
「全てだよ。起床時刻、食事を摂る時刻に食べた物、読んだ本など細かいものまで」
私は何気なく訊いたけれど、その怖さに息を呑む。そんな事まで報告される、と? それなら罪を犯した者が居たとして、何時、何処で、誰に会ったなど証拠になりそうだけど、ただ監視する対象が何も怪しい事などないのに、四六時中人から監視されている、というのは苦痛ではないだろうか。
監視されていることを知っていれば苦行に思えるような、己の生活を律するだろうけれど、知らなければ何気ない発言が不敬で咎め立てされる……などの可能性もある。
「つまり、自分の無実を証明される第三者ではあるけれど、その代償は全てを見られても文句が無い、と?」
私の問いかけに公爵様が頷く。続けて
「更に暗殺も担える存在だ」
重々しく公爵様が告げた。
ーー暗殺
「ラテンタール嬢が言っていた滅びた王国は、ある武人が心から忠誠を尽くしていた国王が、自分の頸を狙っている、と疑心に駆られたの。そして影にその武人を監視させることにして。武人だから気配に鋭かったのね。国王から監視役が付けられていることを知った武人は、自分を信用しない国王に見切りを付け、そして武人は国王の頸を取ったーー。皮肉にも国王が疑心に取り憑かれたから、武人は国王の頸を狙ったということに。その後、王家の血が濃い者達は皆、武人に捕らえられて復讐されてしまった。あっという間の出来事で王家も国の中枢部も一気に弱体して、王国は滅びたの」
夫人が公爵様に続いて歴史の裏をお話してくれる。
影という存在が引き起こした王国の滅亡。その恐ろしさに身震いをする。
「この歴史を教訓にして、我が国の王家には影は居ない」
再びオズバルド様に主導が移り、影を作らない判断をした国王陛下の決断について、何も言う事はない。
「分かりました。では、ロイスデン公爵家から遣わされる誰か、が、我が家の疑わしい使用人に近付くための婚約だ、と了承しました」
その使用人が誰なのか、何をして国王陛下に目を付けられたのか、ロイスデン公爵家が送り込んで来る人間が誰なのか等、興味無い。ただ、不自然な婚約が必要だったことを知ったが、それでいい。不自然だろうとなんだろうと、婚約が必要だったことを説明してくれたのだから、それ以外は私が知る必要もない。
知ってどうなることでもないし、どうせ本邸には私は立ち入ることも出来ない。ロイスデン公爵家の人の手伝いなど出来るわけでもないのだから。
その使用人についての調査が終われば婚約は解消ということになるのだろうし、大人しく婚約を続行しておこう。問題は、調査対象の使用人が一人なのか複数なのか不明だから、婚約が直ぐに解消されるとは思えないことか。まぁそれはその時に考えればいい。
ーー何にせよ、この婚約の裏を知った。
詳しく説明してもらわなくても私は困らない。
恙無くロイスデン公爵家の方が内情調査を終えてさっさと王命で婚約解消をしてもらったら、私はラテンタール家を出るつもり。寧ろ詳しく説明を受けてないから、色々と背負う必要も無さそうで安堵した。
沈黙が訪れ、本日の婚約者との交流はここら辺で終わり、と見ていいだろう、と私は公爵夫妻に暇の挨拶をしようと思ったのだが。公爵様に止められてしまった。
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