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8-6 ロイスデン公爵家にて

「はっきりと物を言うね。では改めて。ベルトラン・ロイスデンだ。座るといい」


 笑いを収めたロイスデン公爵様に名乗られました。意図する所はなんでしょうね。促されたので座ろうとすると、アズがササッとイスを動かしてくれました。さすが出来る侍女です。


「ふむ。君はアズレイア・ボート元伯爵令嬢だな」


 ロイスデン公爵様はアズを見て素性を当てます。一度だけ教えてくれた貴族令嬢のアズの名前。それをサラリと言えてしまう辺り、ロイスデン公爵様は情報通なのでしょう。


「失礼ながら、私はお嬢様付きの侍女・アズでございます」


 アズは動揺もせずに自分はアズである、と。そんなアズも肝がすわってますよね。


「そうか。失礼した」


 一つ頷くとロイスデン公爵様は私に視線を寄越し、ティーカップを持ち上げられました。コレはあれですか。お前も飲め、と無言の圧力ですか。いえ、公爵様から言われれば喜んで毒入りだとしても茶を飲みますけども。


「茶が冷めている、とは言わないのか」


 出されたまま放置していたお茶をそのまま飲め、という視線を寄越しておいてそのように言われるとは……好きです、その意地悪さ。


「自分で飲まないことを選んでいたわけですから」


 公爵様がお相手して下さるのなら喜んで飲みますよ、という言外の意味に気付かれたように太い眉を跳ね上げる。……器用ですね。それもまた良い。

 ウットリとしてしまいそうな気持ちを引き締めながら会話に注意する。四方山話(よもやまばなし)にしか聞こえないけれどその方向性や着地点が不明な会話など、わざわざ忙しいロイスデン公爵様が小娘一人にするわけがない。


「ふむ。……ラテンタール嬢」


「はい」


「君は私の見目に騙されるような令嬢ではないな。上辺だけしか見ないような令嬢だと思っていたが」


 急に核心に近づくような事を仰る公爵様。でも此処で“公爵様に認められたのね”なんて気を緩める訳にはいかない。社畜生活二十年以上の勘が告げる。気を緩めたら喰われる、と。


「ロイスデン公爵様の見目に騙されたいとは思います。その麗しいお顔に騙されて失脚するような愚かな気持ちを抱いてますけれど」


「けれど?」


 私の物言いを全く咎めて来ないけど、どこまで話していいのか……。いえ、寧ろ隠し立てする方が信用を得られないだろうことは最初から分かっていることです。


「けれど。公爵様の麗しいお顔に騙されて失脚し、家族を道連れにするには少々気が咎めます」


「ほぅ。家族想いだな?」


「いいえ。私は兄想いなだけです。実の父と義母と異母妹と父方の祖父ならば道連れにしても何の罪悪感もありません」


 スッパリと申し上げればまたもククッと笑い声を上げて一頻り笑っておられるわ……。ぶっちゃけ過ぎたかしら。


「やはりただの令嬢とは違うな。兄以外は私に潰されても構わない、と」


 笑いを収めた公爵様は冷たい視線を改めて向けて、そんな確認をする。私は迷いなく頷いた。


「はい」


「そうか」


 公爵様はご自身の背後に控えていた家令(私を試したあの家令ですね)に片手を上げて何らかの合図を出した後。


「自分が失脚するのに兄以外を道連れにしても何も思わない、と言うか」


 前世でよく“氷のような冷たい視線”という表現を見ました。それだけ冷たいとか蔑みとかそういった事を表す事は理解出来ましたが、正直なところ、氷のような、という表現を理解出来ませんでした。

 ですが。

 今、身をもって理解してます。

 この目付きこそ、“氷のような”ものなのでしょう。


 鋭い刃物を喉元に突き付けられたような怖さが有りますが、私は唾を嚥下して「はい」 と声に出して肯定しました。震えていたことに自分で気づいてますが、仕方ないでしょう。だってそれほど怖いのです、目の前の公爵様が。今すぐ殺されそうな心持ちです。


「よく言った」


 私の返事が気に入ったのか、その次の瞬間には雰囲気が和らぎました。急な変化についていけず目を瞬きます。


「その覚悟を知りたかったんだ。口先だけの者はあんな問いかけに肯定など出来ないからな」


 あんな問いかけ、の言葉には多分込められていた氷のような雰囲気……もしかしたら殺気と表現される先程の雰囲気も含まれているのでしょう。私が口先だけというか、ただやられっぱなしの家族に一矢報いたい程度の気持ちだったとしたら、先程の公爵様の雰囲気に呑まれて何の返事も出来なかった、と公爵様は思っていた。


 自分の道連れに家族を巻き込むことの怖さも覚悟で、公爵様に潰される事を望むのか、と公爵様は問いかけられたのでしょう。


 実父・義母・異母妹そして父方の祖父を私の失脚に巻き込むこと。その怖さを理解しているのか、私の発言の意味を考えよ、と公爵様は言っているのだと思います。


 まぁ。

 実際には私、そうして欲しい、とお願いしたわけではないですけども。あくまでも「公爵様の見目に騙されて私が失脚するならば」 という仮定です。今まで、その仮定の話の上で進んでいます。

 私が失脚するのに伯爵家とお兄様以外の家族を道連れにしても心は痛みませんよ。その覚悟をもっての先程の発言ですよ、なのですけど。多分仮定だろうが、なんだろうが己が発言に責任を持て、という事なのだろうと理解しました。


 確かにいい加減な気持ちで軽い発言をするのは、それにより自分だけでなく周囲にも影響を与えますもんね。貴族として生まれた以上、その重みは尚更です。

 そういえば亡くなったお母様やアズが、貴族として自分の発言に責任を持つこと、と諭してくれましたね。まさしく今の状況を表しますね。


 公爵様も私が愚かな発言をしていることの重みを私に突き付けてこられたのだと思います。でも、私がその覚悟をしている事を知って咎めは無しになったのでしょうか。何も言われていないですもんね。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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