14-5 間話・心の強い婚約者〜オズバルド視点〜
はぁと大きく溜め息をつきながら、不意に声をかけられた。久しぶりにお会いした義兄上だった。ネスティーと一緒に我が家に留まるようお願いした義兄上だが、ネスティーが私と母上に可愛がられている様子を見て、早々に自分の家を確保したい、とヘルムとアズ殿とヒルデ殿を連れて本邸近くの中心地にて空き家を探していることは聞いていた。
「オズバルド殿」
「義兄上。お久しぶりです。どうされました」
「うん、私が暮らす家の候補が絞れたからネスティーの空いている時に一緒に見てもらおうと思って。アズとヒルデとヘルムからも此処なら良い、と言ってくれた所なんだ。明日辺りネスティーを連れて見に行きたいのだけど、構わないかな」
義兄上はもう家を決める寸前らしい。ネスティーは離れていた兄と一緒に居られる機会が持てることを嬉しがっていたので、そういった意味でも母上にネスティーを独占することを注意していたのだが。
義兄上が本邸を出てしまったら、ネスティーは悲しむのではないだろうか。いや、悲しむより寂しがるかもしれない。引き留めた方がいいのだろうか。
「ネスティーが寂しがりそうですね」
私がポツリと溢すと義兄上はあはは、と声を上げて笑った。
「私もそう思っていたよ。だから本格的に家を探すことをどう話そうか迷っていたけれど、ネスティーは言ってくれた。寂しいです。やっと会えたのに。でも、今度は会いたくても会えないのではなくて、会いたくなれば会えるからって」
「会いたくなれば、会える」
義兄上の声から発せられたネスティーの言葉が私の頭の中でネスティーの声に変換されて響く。
……ああ、やはりネスティーは心が強い。
「うん。寂しいのは私の方か、と思ったけれど、会いたいと思えば会える。今までは会いたくても会えなかったから。とても嬉しいのは確かだ」
「そう、ですね」
「それにネスティーが教えてくれた。血が繋がっているから家族というわけじゃない。互いを思い合えるから家族だって。あの父親が相手だと余計にそう思う、と」
ああそうか。ネスティーは辛い経験をしてきた。それだから、離れていても思い合える相手を家族だと言えるのか。血が繋がっているだけの関係、と思い合える関係、とは違うことを、彼女は身を持って知っている。
「ネスティーは強いですよね」
私が言うと義兄上が哀しそうな顔をして笑う。
「アズが居たとはいえ、彼女は家族じゃない。友人でもない。使用人だ。ネスティーの味方ではあっただろうけど、使用人の身ではネスティーを父からも後妻からもその娘からも守れないことが多々あっただろう。……強くなるしか、なかったんだ」
義兄上の言葉が胸に積もる。
そうだ。そう聞いていた。アズ殿から聞かされていたのに私はそんなことに思い至らなかった。
「義兄上……」
「母はネスティーを守れないまま死に、私も無力だった。ネスティーの絶対的な味方がアズでも、ネスティーを守れる人は居なかった。ネスティーは子どものままでは居られなかったんだろう。子どものままだったらきっとネスティーは壊れてた」
ドクン
嫌な音が自分の中から聞こえた。
ネスティーが壊れていた……?
いや、でもそういうことなんだ。そんな経験をしていたからには、いつネスティーが正気を失ってもおかしくなかった。
私が正気なネスティーに会えたのは、ネスティーの心が大人だったから。
ネスティーは大人にならないと自分を守れなかった。大人じゃなくても諦めただけだったかもしれないが、兎に角そういう状態でなければ、自分を守れなかった。
……結果、強くなった。
そうだ、結果、強くなっただけなのに。
私はネスティーが強いことを嬉しくて思いながらも勝手にもう少し弱くてもいいのに、などと思っていた。
違う。
私が強いネスティーのまま、弱さを吐き出せる存在にならなければいけなかった。
「義兄上」
「ん?」
「私は未熟です。でも、ネスティーのことはきちんと大切にしたいと思ってます」
「う、うん。そうしてもらえると思っているよ」
義兄上に宣言すると驚いたように、頷く。でもこれは義兄上に対する誓い。ネスティーがどれだけ強くなっても私にだけは弱さを見せられるように、安心してもらえるように、私はそんな男になる、という誓い。
父上や母上、兄上達に些細な嫉妬をしている場合じゃない。そんな狭量ではネスティーが弱さを見せられるわけがないのだから。
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