8-3 ロイスデン公爵家にて
馬車が停まる。門の開扉する音が聞こえて来て馬車の窓から覗けば門の中に入ったところ。伯爵家の本邸でも門から本邸まで結構距離があったから公爵家ではもっとかかるだろう。伯爵家の本邸には長いこと行ってないけれど、門と本邸の距離を日本人だった頃の感覚で時間に換算すると二十分くらいの気がする。もちろん、馬車で門から本邸までの時間。公爵家の本邸は……感覚的に三十分いや四十分程? 白亜の城とは言わないけれど豪邸とは言える公爵邸が窓から見えた。
間近に迫る豪邸に息を呑む。
圧倒されると言えばいいのか、圧巻だと言えばいいのか。城の写真を見るのが好きだった前世。詳しくはないけれど少しは知識がある。日本人の持つ城のイメージは日本ならば白鷺の別名を持つかの名城だろうし、西洋ならば某夢の国にあるドイツの名城のイメージが強いと思う。
そういった意味では、公爵邸は日本人の持つ西洋の城のイメージとはかけ離れているけれど。
抱いた感想は英国のとあるお城に似ている、というもの。あくまでも外観だが。レンガ造りみたいだし。バグパイプの音が聞こえてくるような気がした。それにしても……あの城に似てるということは、軍事施設というか要塞ということになるわけで。まさか大砲は設置されていないだろうけれど、武器は所有しているのだろうか……などと考えてしまう。
バグパイプ……一度、生演奏で聴いてみたかったな。
そんなことを考えつつ馬車留めで馬車が停まって御者が扉を開けてくれる。見えた彼の顔色が悪い所から察するに、まさか公爵家への道行きに使用されるとは思わなかった……というところか。青褪めた具合から緊張が察せられる。
私を何とか下ろしてくれ、続いてアズも下ろしてくれた御者は帰りたい、と表情が語っていたが、アズが機先を制して満面の笑みで待つように宣っていた。絶望の表情を見れば粗相しないか不安で堪らないのかもしれない。行き先を尋ねるというより、指示される道のりを通って来たら公爵家に着いてしまった、というところかもしれない。
何とも言えない顔をした御者を横目で見つつ、馬車の音が聞こえて来ていただろうおそらく従僕が玄関のドアを開閉する。此方をチラリと見ないところが教育の賜物といったところか。高貴な身分の者を見定めるのは、従僕の地位では客人に失礼あたる。それを行うのは家令や執事。
開いた扉の向こうには見た目年齢六十代に差し掛かりそうな老齢の、しかし伸ばした背筋や綺麗なお辞儀からは現役で活躍していることが分かるーー家令が出迎えた。
家令だと一目で理解出来たのは、この国では家令と執事と従僕ではお仕着せも違うけれど、家令だけは当主の信頼を受けてある証として家の紋章がついたバッヂを付けるから。
ロイスデン公爵家の紋章は王家の親戚である事から、王家と同じく国旗にも描かれる神の鳥と言われる鷲が使用されている。ロイスデン公爵家は二羽の鷲が背を向け合っている姿が紋章。その紋章のバッヂを付けているのだから家令と察せられる。
尚、王家は鷲と月桂樹の葉が紋章。更に国王陛下と王妃殿下と王子殿下達は鷲と月桂樹にそれぞれの生花が紋章となる。生花は文字通り生まれた時に記念となる花が決定される。それのこと。王妃或いは王配の時は結婚時に記念となる花が決定される。それが紋章に使用される。
さておき。
その家令が「お待ちしておりました、ネスティー・ラテンタール様」 と声をかけてきたので私も挨拶をする。
「ラテンタール伯爵家第二子・ネスティーと申します。後ろに控えていますのは、私の侍女ですわ。よろしくお願いします、家令殿」
お兄様が第一子なので私が第二子で合っている。家令殿と呼びかければ彼は「どうぞ此方へ。ご案内致します」 と私を中へ招いてくれた。
ーーと思ったのだけど。
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