1ー2 婚約者に会って転生した、と気付いた
さて。
婚約者としての顔合わせが予定として組み込まれていたわけで、和やかに上滑りの会話(つまり中身が全くない当たり障りのない会話)が進んで、ある程度の時間を過ごしたところで、本日は終わりを迎えた。その場で辞去の挨拶をされたオズバルト様に「次はこちらから伺わせて下さいませ」 と次を約束する。それに頷かれたオズバルト様を執事長に見送りを頼んだ私は、専属侍女のアズを連れて自室(という名の離れ)に戻った。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「ありがとう、アズ。あなたも疲れたでしょう? 着替えを終えたら下がっていいわ」
デイドレスを着ていたが、自力で着脱出来るような代物ではないので、着替えを手伝ってもらい、下がってもらう。
頭を下げて出て行ったアズを見送ってから大きく溜め息をついた。
「うーん。まさか、異世界転生ってやつを経験するとは思わなかったなぁ」
私、ネスティーはどうやら前世が日本人だったらしい。45歳の記憶があって、どうやら前世で流行していた異世界転生モノの作り話パターンのよう。作り話が現実に起こるとは思わなくて、オズバルト様を見た瞬間に流れ込んできた記憶に、引っ張られそうになったのは、参った。
「確か、オズバルト様が主役の小説よね、きっと」
乙女ゲームというのはやったことのない私は、異世界転生モノで乙女ゲームの中に入ってしまった……とかって作品を何作か読んでいたけれど、今、私が転生した作品は、そういった物語ではない。乙女ゲームのヒロインでも悪役令嬢でもモブが攻略対象とくっつく話でもなんでもない。
この物語は、オズバルト・ロイスデンという公爵家の三男が主役の冒険もの。……そう、彼は貴族として生まれたけれど、公爵家が持ついくつかの爵位を受け継ぐことなく、平民になる道を選んで冒険者になるのだ。
この国だけでなく、世界にはギルド(組合)という組織があって、そこで冒険者登録をしたオズバルトが、一番下のランクから成り上がっていく。目指すのはAランクの上の特級で、一番下はEから始まる。EランクからAランクを目指し、Aランクに到達後、世界に十人も居ない特級ランクを目指していくサクセスストーリー。
私はそれを三巻まで読んでいて、確かオズバルトがCランクに到達したところで次巻を心待ちにしていた。原作者は、それまで推理小説を手がけていた推理作家さんで、初めての冒険小説というジャンルに手を出してみた、と雑誌のインタビューで答えていた。そのインタビューで、特級ランクというのを主役が目指す話、とまで話していたから、次巻ではAランクに到達するんだろうなって思っていたのだが。そこから先の記憶が無いところを見ると、死んだのだろう。
「残念だわ……」
実は、その推理作家さんが好きで、彼の推理小説は全て読破していた。満を侍しての冒険小説と銘打たれたので、それまでは文庫版が出るまで我慢していたのを、新刊のハードカバーで読んでいた作品だ。
「タイトルは確か……荒波の向こうに、だったわね」
一巻では海が出て来るわけじゃないのに、何故、荒波……と思った記憶がある。一巻発売記念インタビューでは、特級ランクの冒険者になるには、国を巡って海へも冒険するから、というのと、世間の荒波を引っ掛けている、とかって話だった。成る程、と納得はしたのだけれど……。
「そういえば、オズバルトって、いつから冒険者になったんだっけ……?」
現在、十二歳の私と十五歳のオズバルト。彼は私の三歳年上。日本とは違い、四季がない世界なので春になったら学校に入学……とかではなく、義務もないから学園に入学してもしなくてもどちらでもいい。オズバルトは小説では入学していない。
彼は学園には行かないまま冒険者登録をしたはず。
十八歳で成人を迎える我が国で成人を迎えてから、貴族の柵を断ち切り平民になる道を選んで、冒険者に。それが小説のプロローグだ。
「あら、という事は、私と結婚なんてしませんね?」
というか、出来ないというべきか。
平民の道を選んだ時点で王命すら無効になるわけだから。国王陛下の出した命令はおそらく、私とオズバルトという個人に対する婚姻ではなく、ラテンタール家とロイスデン家の家同士を繋げるためのもの、のはず。だからオズバルトが平民になれば王命は無効になる。正確に言えば、オズバルトではなく、長男か次男との婚約という形になるはず。
さておき。
……そういえば、何かの切っ掛けがあって、オズバルトは公爵家が持つ爵位を譲渡されて貴族に残る道を捨てて、平民になって冒険者になるのではなかっただろうか。
お読み頂きまして、ありがとうございました。