10-3 公爵領では大歓迎されて驚きです。
そんなわけで。
公爵領にあるロイスデン家本邸に到着しました。馬車の窓からオズ様が手を振り、私も手を振るように促されて手を振れば更なる歓声が。……アレですよ、アイドルを見たファンの歓声って感じ。私、アイドルじゃないんですが。
そんな中でも馬車は粛々と進んで到着したロイスデン公爵家本邸。
王都にある方を訪れた時にもその大きさに驚きましたし、建築も城って感じで驚いた記憶が残る中での本邸。正確に言うとこちらはマナーハウスで王都はタウンハウスと言うそうですが、古き良き時代の貴族みたいですよね。……いや、貴族だとは分かっていますが。
社交シーズンの時だけ王都で過ごすタウンハウスとそれ以外の時に過ごす領地のマナーハウス。似たような造りの屋敷を持つ貴族が多いのが普通らしいですが、公爵の地位を賜わっている貴族家だけは、ロイスデンも含めて国境に領地があるから、屋敷は砦を元にして造られているそうです。
タウンハウスが城ならマナーハウスは砦。
……有事の際には本当に砦として活用されるのだそうで、実は老若男女問わずに領民達は戦のための訓練も行っている、とか。
なんていうか。
戦うことが常に脳裏にある平和って、本当に平和なのかなとは思いますが。今はどの国とも和平を結んでいるとはいえ、百年前くらいまでは小競り合いは当たり前だったから、訓練は欠かせないのだ、とオズ様が教えて下さいました。
そんな話を聞きながら馬車停めからオズ様の手を借りて馬車を降りると……ロイスデン公爵様もといベルトラン様とマリーベル様が立っていらっしゃいました。その隣にはオズ様に似た……けれど年上の男性二人。おそらく長男の方と次男の方です。
オズ様のエスコートをお受けして皆さまのところまで行きますと、マリーベル様がギュムッと抱きしめてきました。
「ああ、ネスティーちゃん、やっと会えたわ!」
「お、お久しぶりです、マリーベル様」
「お義母様って呼んでくれていいのよ?」
公爵夫人、と言ったら訂正が入る、と思った私がお名前をお呼びすれば“おかあさま”と呼んでいい、と仰います。でもお母様は亡きお母様だけなんですけども。
「お、おかあさまは亡きお母様だけですので……」
「確かにネスティーちゃんのお母様はそうだけど、私は義理の母ですもの!」
あ、おかあさまって義母の字を当てるお義母様ですか!
……え、でも、結婚してませんけれども。
「母上、ネスティーが困ってます。困らせないで下さい。名前で呼んでもらうだけで良い、と思ってください」
オズ様がマリーベル様の抱擁から引き剥がすように私を引っ張りながらマリーベル様に忠告して下さいます。……そうですね。マリーベル様をおかあさま呼びは恐れ多いです。
でもオズ様は、なんでマリーベル様からの抱擁から抜け出した私を今度はオズ様が抱擁されるのでしょうか。私、まともに挨拶も出来ませんが。
「オズバルド。お前もちょっと離れないとネスティーが困っているぞ」
「嫌です。父上に母上にアル兄上とイル兄上にネスティーを見られる時間は減らしたいので」
「いや、挨拶はしたいのだが」
「ちょっとですよ、ちょっとだけ」
ベルトラン様が苦笑しながらオズ様に挨拶をしたいと仰って、オズ様は渋々といった表情で私をご家族の前に立たせてくださいました。
「ネスティー。父上と母上とは会ったから紹介は要らないよね。で、アルベルト兄上とイルブルド兄上ね。でも別に名前は覚えなくていいから。お兄様って呼ぶだけでいい。……いや、別に呼ばなくてもいいけど。兄上達に用事なんてないだろうから呼びかけなくてもいいからね」
……いえ、さすがにそういうわけにはいきませんが。そして挨拶はしっかりとさせて下さい。
「ベルトラン様、マリーベル様、お久しぶりにございます。アルベルト様、イルブルド様、初めてお目にかかります。ネスティーと申します。行き場の無い平民の身で図々しくもロイスデン公爵領地の片隅に住まわせて頂けましたら幸いに思いまして、オズバルド様にお願い申し上げました。有り難いことにロイスデン公爵様から快諾を頂きましたので、此方にて暮らしの基盤を作らせて頂きたいと存じます。ひっそりと生活していく所存ですので、もしも憐れに思って下さるようでございましたら何卒私のことは一領民だと思って頂けますと有り難いです。ご迷惑をおかけしないよう生きて参ります。どうぞよしなに」
挨拶をするのと同時にお願いもしているなんて図々しいとは思うけれど、中々お会いすることもない方々だと思い、頭を下げる。私は貴族令嬢ではないのでカーテシーではなく、平民としてただ頭を下げて声がけを待つことにした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。