9-4 間話・自分より最愛を貶められる方が〜オズバルド視点
今さらかもしれませんが、オズバルドの性格がかなり変わってます。
今話はさらに変わります。豹変ではないけど元から持ち得た性質が表面に浮き出たタイプ。
「こ、高位貴族の教育を受けてない、とでも……」
ユテが声を上擦らせて反論してくるが、受けていたらこんな反論すら出来ない。……相手を敬うような態度を私が示していない時点で察しろ。
「当主となる時も聞いたはずだぞ。公爵家に生まれた者は赤子を除き、子息令嬢であってもどの貴族よりも身分は上になる、と。それが侯爵家の当主であってもな」
こう言っても思い出せないのなら、教育係か先代が無能だということだ。……どうやらどちらも無能ではなく、単に目の前の男が忘れっぽいのか地位に胡座をかいて都合良く記憶を改竄したのか。どちらにしてもこの男自身の責任らしい。
顔色を真っ青にした男に鼻で笑ってやる。
「思い出したようだな。王家の手足となり耳目となるのが公爵家の仕事である。それは当主が担う役割だが女性や子ども達にまで手が届かないことが多いからこそ、夫人や子ども達もその任を負う。子どもならば幼い頃から教えられ、夫人ならば結婚してから教えられる。同時に他者に舐められないよう、相応しい振る舞いも叩き込まれる。それが公爵家に生まれた者の務めだ」
身体を震わせるだけのユテの耳に冷たい温度の声が届くように意識してやや低く大きめに言葉を発していく。その調節すら公爵家の者として教育された証だ。妻と小娘は震えていた身体がピタリと止まっているのが見えたが、それが恐怖で身体を震わせることも出来ない程に強張ってしまっていることに、私は気付いている。
……そうでなくては公爵家の人間として育ててもらったことが全て無に帰すのだから、これも予想通り。さて。
「理解出来たのならユテ家の罪を教える」
「わ、我が家に罪など……」
これでもまだ虚勢を張るのか、それとも本気で分かってないのか。
もう言い分を聞く気にはなれないのでユテの声を無視する。
「一つ。公爵家の人間がどういう性質なのか覚えていなかった。一つ。ロイスデン公爵家の名を出したというのに娘は控えなかった。一つ。私の婚約は国王陛下も認め、ロイスデン公爵も認めたものだと言うのに、娘はその婚約者を貶めた。一つ。その娘の肩を持ち此方の温情を切り捨てた。一つ。私がロイスデン家の者であることを覚えていない。だから婚約に他者が口出しなどと有り得ないことを仕出かした。以上のことからユテ家は侯爵位返上が妥当」
淡々と罪を数え上げ最終的に侯爵位返上、と言えば「何の権限があって……」と妻の方から抗議の声が上がるが無視をしておく。小娘を庇って私が現れてからも謝罪一つまともに出来ない夫婦の吠えごとなど聞いていられるか。
「な、な、いくら、公爵家のお方でも、そんな無茶苦茶なっ」
夫の方は少しは理解出来たのか言葉遣いが改まってきたが、それでもまだ愚かなようだ。
「無茶苦茶なものか。陛下に奏上すれば頷かれる。何故なら、ロイスデン家の婚約者を貶めたからだ。ロイスデン家が下位貴族だろうと平民だろうと態度を変えない理由がなんであるのか、まだ思い出さないか?」
静かに問い詰めて行けば、夫の方は直ぐに思い出したようだ。……ふん、ようやくか。
チラリと妻の方を見れば小娘共々首を傾げ、意味を理解していない様子。よくこんなので侯爵夫人と令嬢を務められたものだ、と呆れる。
「で、では、娘が言っていた見窄らしい姿の令嬢にも見えない貧相な娘がロイスデン家の唯一、だ、とでも」
夫が口にしてようやく妻がハッとする。だが小娘はまだ理解していないらしい。……本当に教育を受けたのか?
「見窄らしい? 令嬢に見えない? 貧相? それが正しいとしたとして、その外見では私に相応しくないと何故他人が決める? 外見などどうでもいいが、いや、我が婚約者は外見も愛らしいが、外見だけの者が唯一になるわけがないだろう。大体、ロイスデン家の唯一ではない。私の、唯一だ」
何故、我が家全体で考えたんだ、この男は。阿呆か。ネスティーは私の、婚約者だぞ? 父上も母上も兄上達も認めてくれているが、ネスティーは私の唯一だ。
「で、では、ロイスデン公爵家には認められてないのでしょう?」
妻がさらに愚かなことを言い出した。
先程から陛下も父上も認めている、という私の発言を聞いてないのか?
「先程から陛下も認めて下さりロイスデン公爵も認めたと言っているのが聞こえないのか、それともそれほどに物覚えが悪いのか。聞こえないなら、その耳は飾りだから不要だな。私が直々に切り捨ててやるから有り難く思うといい」
私の前で私を守る護衛に剣を寄越すように伝えれば、何を仕出かすか分からないユテの者達から一切視線を外さないまま、腰に佩いた剣をこちらを見ずに渡して来る。……うん、一瞬たりと敵から視線を外さない、まさに護衛として正しい姿。
剣を受け取り当然危なげなく私は抜き身を鞘から外すと自分の物ではないから多少重さに慣れなくてはならないが、構えることにした。
「ま、待ってくれ。オズバルド殿。過剰な罰はネスティーのことを考えて欲しい、とお願いしたはずだよ」
構えたら義兄上がそのようなことを言ったが。
「これは過剰ではありませんよ。義兄上。抑々罰ではありません。伝えたことが分からない以上、耳が聞こえないか物覚えが極端に悪いということ。前者ならばついている耳はお飾りなので不要だろうから切り落とせばいいし、後者ならばそこまで物覚えの悪い者が高位貴族として他者の上に立つことは下の者達の迷惑にしかなり得ませんから、早急に侯爵や侯爵夫人或いは侯爵令嬢の身分を返上して平民に身分を移し、謙虚に生きていくべきでしょう。あまりにも物覚えが悪い者が上に立っていては下の者達が苦労しかしません。物覚えが悪いことは悪くなくても、覚える努力をしない時点で悪いので上に居るだけで嫌がらせです」
義兄上は、なるほどと呟いてから三人を見た。
「私はそちらの娘さんに貶められたオズバルド殿の婚約者の兄です。経緯はさておき。妹がオズバルド殿に相応しいか相応しくないか、それはオズバルド殿と妹が話し合って決めることで他人にアレコレと口出しされることではない。そのことをご理解されていますか」
……ここに来ても阿呆を説得しようと言葉を尽くす義兄上。なんと心の広い人か。
義兄上の顔を立てて抜き身を鞘に戻して何と答えるのか待ってやってもいいか、とは思う。あくまでも心の広い義兄上のためだが。
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