8-2 ロイスデン公爵家にて
「見事な百合の花だわ……」
呟きは後ろに控えているアズにも聞こえない程度に小さかったと思う。
聞いて欲しいわけじゃないから別にいい。
日本の小説の世界観だから? それとも似て非なる世界だから? よく分からない。でも咲いている百合の花は日本でもお馴染みの種類や写真で見たことのある百合ばかり。
日本人だった頃、華道部に在籍していた友人から説明された記憶を辿ると、咲いている百合の種類は品種交配されて出来たエンチャントメントやコネチカットキングが奥の方に配置されている。エンチャントメントはオレンジ色の花弁だしコネチカットキングは黄色の花弁だから遠くに配置されても目に飛び込んで来るような明るさを齎している。
その手前は同じく品種交配されて出来たカサブランカ。白い家という意味を持つこの品種は、百合の女王とも言われているとか説明されたっけ……? 名前の通り白色しかない。その隣の白くてラッパ状で横向きに咲いてる百合って、日本の原種と言われているテッポウユリかしら?
更に手前……私が腰を下ろしている白い丸テーブルと同じ色のイスの直ぐそこには、品種交配されて出来たスターゲイザーみたい。濃い赤色の大輪の花は、なんだっけ……カサブランカと同じオリエンタル・ハイブリッドとかっていうやつの代名詞的な存在だった……?
結構、日本人だった頃の記憶を覚えているものだわ。でも彼女の名前も顔も思い出せない。記憶っていい加減ね。
赤・白・黄色の百合の花が咲く庭。
ロイスデン公爵夫人が白百合に喩えられるのって……この庭に咲いている百合の花からの引き合いなのかしらね。
……そう、今、私はロイスデン公爵家に赴いている。
アズの「だからこそ、お会いしましょう」 という一言が後押ししたのは間違いない。だからこそ、会うことを勧めて来たアズにその真意を尋ねたら、とびっきりの笑顔で「勘です」 と答えられた。
「勘」
まさかの一言に鸚鵡返しになってしまった私は悪くないはず。意味深に勧めて来るからには、何かアズの思惑があると思っていたのに。誰が勘だと思うだろう。
でも。
アズのとびっきりの笑顔はまるで一仕事終えたようなものだったから。
その笑顔を信じてお茶会の誘いに応じたわけなのだけれども。
指定された本日、一応の父親も物凄く渋々とした表情ながら外出許可を出したので(でも馬車を貸すのは嫌だ、と言うのでクリスが手配してくれた御者付き貸し馬車に乗って)オズバルド様と顔合わせをした時のここぞという時用のドレスを着てやって来たのだけれど。
着いて早々に後悔した。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




